第一章・第1話『月に遊ぶ都・それは巣窟の都』
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第一章・第1話『月に遊ぶ都・それは巣窟の都』










聞こえるのは、風の歌。
届けられるのは、紅葉苺が実った香り。
見えるのは、優しく染められていく景色の色。
足を止めれば、必要以上に視点を留める自分がいた。


「・・・黄色い果実が成っている」
「ええ、もう夏で御座いますから。甘くて美味しゅう御座いますよ」


道を導くようにして先導を歩く女性が、好意的な返事を返してくる。
自分の後ろには二人の武士の姿。腰には刀剣を携えており、護衛の役割を担っているらしい。

「ささ、お急ぎくださいませ。候補生達がお待ちですよ」
「・・・分かった」

着物の裾が板の床で踊る。
長い廊下を渡る途中にも一面の庭が拝められ、そんな美しい景色を視界で楽しみながらも女性の後を続いた。


季節は夏。
紅葉苺の実は甘くて美味しいらしい。
美しい蒼で染められた儀服の衣装に身を包みながら、少年は好奇心への期待に胸が躍っていく。
どんな味なのだろう。
どんな香りで満たされているのだろう。
―――それはきっと、年齢相応の期待だ。
けれど、それはただの幻にしかすぎない。

生まれたその瞬間から運命を担わされ、未来を引き裂かれ、誰かの作り上げた道を歩む人生。
そしてこの日もまた、そんな人生の中の一部であった。


「都司主様。上座へ―――


連れてこられたのは、俗に『謁見の間』と呼ばれる広い一室だった。
縁側沿いから入れば、そこには既に数名の客人が静かに待っている。
一面に畳が敷かれ、周囲には金色の襖と簾の風流。上座だけは一段高いようで、導く役目の女性はそこへ座るようにと、深くお辞儀をして部屋の隅で待機の姿勢を取った。
都司主(としぬし)、と呼ばれた少年は疑問を持つでもなく、無言で上座へと歩を進ませ、腰を下ろしていく。

―――正面には、純白の衣装で身を包んだ5名の女性達。
いや、『女性』という表現は違うだろうか。
それは、少年とそう変わらない年齢の者から大分年上の者まで―――その年齢の差が開いた者達。
だが、その年齢をはっきりと確認する事はできない。
何故ならば、そこに集う女性の全てが白いヴェールで顔を隠し、更に深くお辞儀をした状態で顔を上げてはくれないからだ。
共通点のない女性達と、その正面に都司主と呼ばれた少年。
だが、彼はここで自分が何をするべきなのかは仕えの者から聞かされていた。
そして、正面に座ったまま顔を上げない5名の女性を目で適当に追う。


「ここに集いし者達は皆、厳しい修行に耐え抜いた『最強の花嫁』候補で御座います。貴方様主君の未来を共に生き、共に歩み、そしてその心身も御心も、そしてその命も捧げる者。―――お選びくださいませ。どれを選んでも後悔される事は御座いませぬ」


きっと、この瞬間の為だけに教育されてきたのだろう。
神門家の当主にして都司主の花嫁とあらば、誰もがその地位と権力に惹かれるというものである。
だが、選ばれるのは一人のみ。
残りの4名は、無駄な時間を費やして無駄な修行をしてきたという事になる。


(一体どちらが『犠牲者』に該当するんだろうな。俺に選ばれる者か、それとも無駄な時間を過ごした選ばれない者か―――


この頃から、彼の考え方は急激に酷く冷めたものだっただろう。
幼少という年齢に見合わない思想は、彼の周囲に広がる期待を大きく膨らましていく。
責任感と責務。
肩書きと束縛、そして使命感。

彼を取り巻く周囲の全てが、彼の人生を固定させていく。
―――変化など、認めないとばかりに。


「・・お前、名前は?」


適当に指差したのは、向って一番左端の『女の子』であった。
歳は自分と同じぐらいか下だろう。
線の細い小柄な体で、この雰囲気にどこか圧倒されている。


「顔をあげろ。そして声を聞かせろ。その口で、名前を教えてくれ」


花嫁選出の儀



一瞬だけ迷うような躊躇いが見えた。
それを『命令』と受け取るべきか、『合格』と取るべきか分からなかったのだろう。
だが、都司主の発言は全てにおいて拒否権など存在しないというこの都のルールを、彼女もまた長年に渡って教育されてきた。

ゆっくりと頭を持ち上げれば、その顔の下半分が彼の視界に映る。
隙間を流れる漆黒の髪が――とても丁寧に手入れされているのだろうか――縁側から入り込む光で酷く輝いて見えた。
部屋の隅で待機していた女中が徐に彼女の背後に近づけば、頭から被せられたヴェールが静かに下ろされる。
現れるのは、大きく凛とした瞳の中に眠る決意。
黒く長い髪は小さく揺れ、その唇は言葉を象(かたど)っていた。


「駿河家より参りました。―――駿河月詠(するがつくよみ)と申します」







それは、彼がまだ6歳の夏。
両親を亡くしてその地位を継ぎ、そして急きたてるようにして行われた一種の儀式。
両親の死を悲しむ間もないまま、彼の歯車は急速で何処かに向っていく。


―――例えそれが破滅でも絶望でも。
棄てる事の叶わない夢はとうに諦めていた。














月夜の下で、旋律が踊り狂う。
幾度も連続して刀の交わる音色は、お世辞にも賛美歌と称せるものではない。
重圧を感じさせるのは、何かが引き裂かれる音。
力強く、重く、それは何かの命が途切れる瞬間。

月の光源を上空に、4つの影は休息も知らずただ躍り続けている。

刀は光り輝き、その鮮明な雫を当たり前のように乱す。
矢は閃光の如く、獲物を逃さない軌跡で走り狂う。

雑草の上を駆ける度に、誰かの―――何かの断末魔は月に向って木霊していく。

それは、言いようのない程に醜い声帯とその塊。
最初はその数も10を越えていたが、今では残り僅かとなりつつあった。
目で確認できる程にまで減少した、その数。
それでも気を抜く事は許されない。
これは、闘いなのだから。


「闇に還れ―――・・、魔に属せし輩よ・・!」


誰かの声が聞こえたその時、4人の影は一斉に攻撃を仕掛ける。
ある者は地上で剣を振るい、ある者は間合いを計りながら槍を手のように振り回し、ある者は隠れた木の上から矢を解き放つ。

そして、その禍々しき気配が一掃された時、4人は一同に集っては月の下でその姿を見せつけていた。

―――・・・一匹逃したか。・・まぁいい」

仕留められなかった最後の気配は既に去った後、悔やむでもなく舌打だけで眼光を光らせる。


「退魔完了。任務遂行につき、屋敷へ帰路する」


それぞれ戦闘服で身を包んだ『彼ら』は、返り血を気にするでもなく。
まるでそれが誇りだとでも言うかのように―――月下でその脅威となるべき力を持て余していた。




一刀流に最強の力を重ねし者。

二刀流に定められた身を委ねる者。

槍に眠る欠片を啓示する者。

弓矢に哀れな自身を駆ける者。





それは、この都に隠された戦士達。
誰もが当然だと豪語する常識の中で、誰もが知る事のない事実。
これが平凡な世界だと言う者がいるのならば、それは何も知らないが故の愚者でしかない。

運命と使命に隔たれた彼らの『世界』は、決して終わりのない戦いの日々。
飽きる事は許されない。
放棄する事は許されない。
それは彼らが生まれたその時から、全ては運命の歯車という悪戯によって決定付けられていた。




―――それが、使命。

―――これが、自分達のするべき事。

―――だからこそ、運命に蹂躙という遊戯にも似た過酷な真実。



―――そう言い聞かせて、17年が経った。












「密羽ちゃん、寝不足ですの?」
「当たり前だろ。あんな深夜に叩き起こされたんだから」

朝日が昇って数時間後、二人の女生徒はその足でいつもの道を歩いていた。
周囲にも同じ学生服に身を包んだ生徒達が多く見られ、皆が皆同じ方向向かって歩いている。友人と喋りながら、時には淡い感情を持つ男女が朝の一時を共有しながら、その長い道のりを共にし合っている。
どこか純儀式を思わせるコンセプトなのだろうか、その制服は学園生徒の証。
陰陽を司る清明紋をモチーフにしたエンブレム。
そして彼女達もまた、その中の一人として紛れ込んでいる。
一人は長い黒髪を風に揺らせながら、一人は短い髪が乱れたままで。

「髪、整える時間もなかったんだ。あんまし寝てないからね」

小柄な童顔を誇示する黒髪の少女とは正反対に、活発なイメージが湧き出ている彼女。その顔は本当に眠そうで、この通学路の最中にも数え切れない程の欠伸をかましていた。
そして事あるごとに、「あいつのせいだ」とその口が愚痴るのもいつもの事だ。
「密羽ちゃん、ちゃんとお風呂入りましたの〜?」
「入ったに決まってるだろ。あんな生臭い匂い、なかなか落ちやしないんだからさ。月詠こそ、ちゃんと清潔にしてるだろうね?」
「当然ですわ。朝一の行水も欠かしておりませんわよ」
そして、通学途中にある広い公園に着くなり、二人は徐にベンチにへと腰を落としていた。
レンガ造りに拘っているのだろう、この公園の設計者は名のあるデザイナーらしいと誰かが言っていた。
噴水を中心にして下に下る階段が両脇に設置されており、そこは季節相応の花が咲き誇っている。密羽と月詠が座るベンチの周囲にも、大きな幹の並木道が展開されていて、それだけで清清しい緑を堪能できるというものだ。
「今日は技能テストだっけ?かったるいなぁ」
「もう、またそんな事言って〜。いつもトップの成績じゃありませんの」
「別に。うちのクラスではアタシが有能だってだけだろ。第一、月詠だって―――
自分と同等の高成績だろ、と言いかけ、密羽は言葉を止めていた。
座るのに邪魔なのだろうか、その両腰に携えた2刀の剣を簡単に持ち変える仕草が見えたからである。
月詠に至っては、規定されている制服の上から更に狩衣を羽織っている為見えなかったのだが――
「アンタね、またそんな物騒なモン持ってきてるのかい」
「当然ですわ。あの方を御守りするのがワタクシの使命ですもの」
「月詠がでしゃばらなくたって、あいつは充分・・・」
はぁっ と慣れた光景に溜息をつけば、その片手で顔を覆う。
二刀の真剣を常備する月詠という少女は、顔に似合わず物騒な武器をオモチャでも扱うかのように軽々しく膝の上に置いている。
歳相応に見られた事のない童顔と、髪に括られている呪詛のようなリボン。
猫を思わせるような大きく麗しい瞳。
―――何度確認しても、隣の幼い風貌した彼女はいつでも彼女でしかない。
昔からこのままで、今更何が変わるわけでもない。
そう確認すれば、密羽は諦めたかのような溜息をつくのだった。

―――で、男共はまだ来ないのかい」
「もうそろそろですわよ。・・あ、ほら。来ましたわ〜」

月詠の視線を追うようにして密羽も顔を上げれば、正面にはよく知った姿が見え始めていた。
互いに長身なのもあるが、二人並ぶその姿は余りにも目立っている。
一人は制服を規則正しく着こなし、青く長い髪を結った男子生徒。
一人は改造した制服を独自の着こなしで乱し、赤く染まった髪の男子生徒。その片手には何かが入っているだろう長い布袋を携えている。
「夜近様〜〜、こっちですわ〜〜」
「やっと来たのかい、女を待たすんじゃないよ」
月詠が豪快に手を振れば相手も気づいたようで、その足は二人の元に向ってくる。
それを確認した頃、密羽と月詠も立ち上がり――月詠は刀をまた腰に戻――4人は互いに顔を見合わせるのだった。
そして一番最初に月詠が、夜近と呼ぶ青年向って軽くお辞儀をする。
「夜近様、おはようございますですわ」
「鳳来寺歌麿様、見―――
「すまんな、遅くなった。この馬鹿が、いくら待っても出てこないと思ったらグースカ寝ていてな」
「キメ台詞の最中に入ってくんな!第一夜近、寝る子は育つって言うだろ!」
「これ以上はない程の無駄だね。歌麿がこれ以上育ったら、馬鹿菌がアタシらにまで伝染っちまうよ」
「密羽、おめーなっ!下の名前で呼ぶんじゃねぇよ!」
「・・・・・麿ちゃん・・・事もあろうか夜近様に起こして頂くなんて、このワタクシでもされた事ありませんのに・・・・」
「月詠、剣をしまえ」







いつの間にやら恨みの念を背負いながら、その剣の先端を歌麿の首元に向けている月詠であった。夜近もとりあえず牽制してみせるのだが、彼女はどこか不機嫌が残る顔で渋々鞘に剣を戻していく。
「ったく、馬鹿やってないでさっさと学校行くよ。生徒会長が遅刻なんて示しがつかないんじゃないのかい」
「あぁ、そうだな」
麿ちゃん・・・・許しません事よ・・・
「や、夜近・・!これ置いて行くな―――っっ!!!」




相変わらずの朝の風景は、平和な証なのだろう。
制服に身を包み、学生鞄を揺らし、その足は変わりない日常を歩く。
背後に二人の遣りあいを感じながらも、4人は揃って学園にへと向っていくのだった。










京の都の中心部に、一際大きな存在として置かれている綾小路学園。
それもその筈、この都にたった一つの学び舎だからだ。
幼等部から大学部まで、その施設の敷地面積は桁外れにでかい。
この都の全ての若者が、毎日ここに集う場所。
すなわち、この都に住む者は全てがこの学園の在校生であり、また卒業者でもある。現在高等部だけでも数万の生徒が在籍しており、その数に対して学力や能力別にクラス分けという先進的な試みも実践中だ。

そして『特別編成特殊技能クラス』というのがそれに値する。学力は基準以下でも一つとして何かしら能力があれば、このクラスに認定されるのである。
当然の事ながら、誰もがこのクラスに入りたいと願う生徒は少なくない。なにせ学力テストの成績に拘わらず赤点でも補習を免れたり、ある程度なら出席日数も免除されるからだ。
何か一つでも他人を凌ぐ能力を誇示していれば、それだけで価値があるのである。


そして、夜近・歌麿・月詠・密羽の4人も、その特別クラス在籍の生徒であった。















場所は京の都、左京区下鴨。
自然が織り成す木々の並木道をくぐって、下鴨神社はそこにあった。
頭上を掲げるは朱色に染まった大きな鳥居。それを越えれば綺麗に敷き詰められた白い砂利道が続き、正面には塀で囲われた神社本堂が見えてくる。
道の両脇には小さな賽銭箱や、御稲荷様が祀ってある恋愛成就祈願の小さな場。
平日の昼間という事もあってか、人影はまばらにも見当たらなかった。
神主達の姿も見当たらなく、それでも『彼ら』は本殿を見上げるようにしてその場から動こうとはしない。

「・・・ここ、ですか?」

静寂で満たされた風の中、その一声がやけに冷たく響く。
トーンを抑えているのだろう、その性質は低ボイスではあるが何処か緊張感を含んでいる。

「うむ。間違いなかろうて」
「ふん。神聖なる神社の聖域に入り込むなんて、罰当たりな輩ですこと」

妖艶な匂いを漂わせる美女―――と称するが正しいだろう。少し長めの赤い髪を風に舞わせながら、彼女は見下すような目つきで挑発する。
一方、彼女の隣で杖をつく老人は装束衣装にも似た呉服でその言葉に無言で頷いている。
―――そんな頃だろうか、二人の後ろに続く一人の女性は溜息をもらしていた。時折、心底面倒臭い表情であくびなんかもかます。
「ちょっとぉ。どーでもいいけどさぁ、早く終わってくんない?アタシ、単位結構ヤバイんだからさぁ」
前にいる女性と同じく赤い髪。顔つきは酷似しているものの、妖艶な女性同等の穏やかな表情とは正反対のキツい顔つきだ。ただ違うのは短髪だというぐらいだが、髪の中にメッシュが入っていたりと、飾り物も多い。
「安心なさい、特例義務処理を後で施す手筈になってるわよ。それよりも、真面目に授業に出ないから悪いんでしょうが。自業自得じゃない」
「だってぇ、メシア様のライブ優先だもん。しょーがないじゃん」
「相変わらず変な名前ね、アンタの追っかけてるビジュアルバンドは」
「何、喧嘩売ってんの!?メシア様は、アタシのダーリンなんだから!」
「はいはい、言ってなさい」
「・・ごほんっ!!お主ら、少しは真面目に調査を―――
「あーもー、うっさいなぁじじぃ!!」
「こら、風。そういう本音は思っていても口に出さないが常識よ。適当な言葉でお茶を濁してやり過ごしなさい」
「丸聞こえじゃぞ、涼・・・」

涼、風、と呼ばれた両名は、特に反省するでもなく再び正面の本堂を視界に映す。
朱と緑の二色で構築されている塀と門。現在門は閉まっているが、その奥から感じる気配を見逃す彼らではない。
「門、開かないワケ?」
「現在は休館中じゃ」
「普段は平日でも夕方までは開いているハズでしょう?」
「都司主の命令じゃ」

都司主(としぬし)―――その名前が出た瞬間、二人の言葉は途切れた。
簡単に言うのならば、この京の都を背負って立っている―――いわば、この都の頂点に立つ者の総称である。全ての権限を手にする事のできる唯一の人物だ。又、その『彼』に従う者は例えそこにどんな事情があろうとも彼から発せられる命令には逆らえない。
そして現在の都司主は、都4大名家の一つ『神門家』の長男がその座に就いている。

「意味分かんな〜い。門を閉めるのにどういう理由があんのよ?バッカじゃない?」
「都爺殿、そういう事はもっと早くに仰って頂けません?私達にも準備というものがありますのよ」
「今は調査がメインの仕事じゃ。・・・ふぉふぉ、さすがのお主らでも都司主の名前は怖いか。特に涼、お前はワケありじゃからのぅ。ふぉふぉふぉ」
「このじじぃ!!余計な口開くんじゃないよ!!」
「・・・私は気にしてなくてよ、風。昔の事は忘れたわ」

さも当然だと言いたげな視線は酷く冷め切っており、その視線が空を仰ぐと老人に掴みかかった風もその力を緩めていく。
そして、残されるのは正面からひしひしと伝わってくる『気配』の渦。
その数は幾程なのかは正直分からないが、幾多もの『闇』の数が混合していると思って間違いない。

「低級族も数集れば面白い事になるのね」
「冗談を言っている場合ではない。中に巣食っているのが魔物か霊族か、確かめねば」
だが、近づこうにも近づけない理由があった。
先ず一つは、先程も確認したように門が開けられない事。
そしてもう一つは、囲いや門をも包むようにして邪悪な気配が3人を脅しているという事だ。その幾多にも重なる重圧感に触れるだけで体が動く事を拒否してしまいそうなその感覚は、門の中に入れば想像も出来ない悪夢が待っているのだろう。
さすがの二人といえども、これといった準備もなしに冒険する勇気はない。
――さて、どうしたものか――・・そう誰もが溜息をつきかけた時。妙に明るい口調で涼が声を出していた。
「あ、そうだ。風」
「・・へ、な、何よ?」
「アンタのさっきの質問、答えてあげるわ」
そう言うなり、涼は少し長めの髪に右手を埋めるなり何かを掴んだ。
その場から動かずに、意識だけを膨張させて何かを探る。

―――そして。

「門が閉まってるのは―――・・こいつらを逃がさない為よッ!!」

右手に掴んだモノは一瞬にして不気味な旋律で走り、蛇のような螺旋を描きながら一直線に駆けた。
そして標的は巻きついてくる『それ』を避ける事も出来ず、3人の目の前に転がらされていく。
それは、涼の従事する鞭に捕えられた一匹の『魔物』の姿。
体格的には小振りだが、構造的には人間によく似たその姿。全身が真っ黒に染まったその体毛は不気味としかいいようがなく、真っ赤に鋭く光る眼光も刃も異形の者たる証。





「門を閉める事で、こいつらが飛び出れないよう内部的結界を貼ったってワケ?都司主サマも、ここまで分かってんならさっさと片しゃいーじゃん」
「できない理由が、こいつなんでしょうよ」
「そうじゃ。都司主様は、ここの調査をするようにと仰られた。結界の維持持続予想と、魔物の分析―――
「いつでも自分が有利な立場を作り上げるのよ、あの男は」
自分達が仕えるべき主に対して『男』呼ばわりした発言に、都爺は思わず眉を変形させる。だが、それに対して叱咤するよりも早く、風が体中で大きく伸びを見せつけていた。



「・・・で、その都司主サマは今頃お勉強中ってワケ?」







「・・・ねみぃ・・・」
「歌麿、いつまでそんな顔をしているつもりだ?俺まで眠くなるだろ」
「お前は眠くないのかよ、夜近・・。あんな時間まで―――
「俺たちに時間帯を選ぶ事はできんのだ。いい加減慣れろ」
「へいへい、都司主様には適いませんよ〜・・ってか」
「俺だって好きで都司主になったワケじゃない。いい加減目を覚ませ」

呆れたような返答を返してやれば、机の上でなめくじのような体勢だった歌麿は大きく伸びをする。

都司主―――自分と同年齢でありながら、神門家の宿命を背負った男。
神門夜近とは幼少時よりの付き合いで幼馴染のような関係ではあるが、体と心が成長するたびにその名前の偉大さを痛感する。
自分と大して変わりはしない、ただの健全男子。
確かに、その頭脳を比べられれば自分が遥かに劣るのだが―――それでも、友人として接する分にはこれまでと変わりはしない。
「都司主は肩書き多くて大変だな。生徒会長っつーのもお前の意思じゃねぇのかよ?」
「勝手に選ばれただけだ。ま、色々と都合がいいんだ、これが」
「この、悪人」

黒板上に設置されてる時計を見やれば、時間は昼手前の11時半過ぎ。
都合のいい事にか、この一番眠い時間帯は自習だった。
見渡せばクラスメートも各自仲の良い友人と喋る事に夢中のようで、教室中がざわついている。すぐ目の前の友人だけは、体を横に向けながらも律儀に教科書を開いているが。
2―A。
夜近と歌麿が在籍する特殊技能クラスで、密羽と月詠はその隣のクラスである。
「・・・・なんでお前教科書開いてんの?」
「知らないのか?自習だからだ」
「嘘くせー。ホントはサボリたいくせに」
「ふん、ツラだけでも優等生ぶりをアピールしなくては生徒会長なんて務まらんのだ」
「うっわ〜。今のセリフ、親衛隊の連中に聞かせてやりてー」
「やめておけ。誰も信じちゃくれんさ。嘘つきよばわりで校内新聞の一面飾る事になるぞ」

友人の計画犯ぶりに諦めの溜息をつき、豪快に開かれている窓に身を乗り出しては下に広がるグラウンドを眺めた。
2年の特殊技能クラスは、第4校舎の2Fにある。
普通科の生徒で溢れる校舎とは隔離されたような場所にある為、必要のある生徒しか近寄らない場所でもあった。その為か、使用するグラウンドも技能クラス専用という独占ができる。
すなわち、広い地面の広がる更地も第4グラウンドというワケである。
今はどこかのクラスが様々なテストを受けているらしく、広いグラウンド一杯に体操服姿の生徒達がそれぞれに動いている。

「お?ありゃ月詠と密羽じゃねーか?」
「あぁ、何やらテストだとか朝言っていたな。大方、密羽の独占で終わるんだろう」
「あいつの足、はえぇもんなぁ。月詠はトロそうだけどよ」
やはり二人のあの風貌はどこにいても目立つ。
月詠のお団子を結った長い髪は後頭部で一つに括られているが、それでもあの呪詛を描いたようなリボンは変わらず風に揺れている。あんだけ小さくて小柄だというのに、未だ自分と同い年というのは違和感があった。妹や姪だと紹介しても全然通りそうな気すらする。
だが、歌麿の視線は月詠の一部分を凝視するのだった。
「・・・薄着にならねーと分からねーもんだなぁ」
「お前、何を見てるんだ?」
「月詠って意外とでけーな。何カップあるんだ、ありゃ?」
「・・・汚れた目であいつを見るな」
「おーおー、彼氏の独占欲ってか?」
「測りたいんなら勝手に測ればいいさ。最も、真剣の餌食になるだろうがな」
「誰が、最強の花嫁に喧嘩売るかよ・・・」

それは、『選ばれた』が故の肩書き。
夜近の環境同様、鎖で縛られた宿命にも似ているのだろう。
生まれたその瞬間から、白紙の未来など切り捨てられている。


―――俺はゴメンだ―――・・そう思わない日はなかった。


「俺は、もっと楽に生きてやる。やってられるかよ」


そう呟いてみても、まだ正面で教科書を読書感覚で目を通す友人からの返事は聞こえなかった。自分の言った言葉の意味を理解しての事なのか、それともその意味が自分の肩書きを責める言葉に聞こえたのか。
―――どっちにしても、歌麿自身ははどうでもいいようだ。
ただ、この眠い時間が早く過ぎるようにと、黒板上の時計に念じるのだった。





■□■




赤い炎は業火となり、全てを焼き尽くしていく。
生々しく燃え盛るその色が、視界一面を染め上げる。

制限のない自由を満喫するかのように、炎は我侭に勝手にどんどん広がっていた。



―――ここは、どこだろうか。

―――誰か、いるのだろうか。

―――この炎は、誰が?

―――この光景は・・・なんだ?


疑問は沢山あった。
だが、ここでの自分は『疑問』を『疑問』と解釈できず、ただこの光景に飲み込まれていくだけだ。

(・・・あぁ、またこの夢か・・)

そういう意識が、自身の中で少しの自覚を叫ぶ。
だが、それは自覚していても今の彼にとっては現実そのものだった。
自覚という意識を認識できないのだ。
だからこそ、これは夢なのだと―――・・起きてから気がつく。

(早く、醒めてくれねーかな・・・)

意味の分からない光景と、理解の出来ない夢。
一体『夢』は自分に何を見せたいのか。
一体『夢』は自分に何を知らせたいのか。

赤く燃え盛る業火の中で立ち尽くす自分が、手放した意識の欠片の中でそんな事を思う。









「・・・よっくもまぁ、ここまで寝てられるね。気配に気づかないなんて失格じゃないの」
「まぁそう責めるな、密羽。昨夜は頑張ってくれたし、体力の消耗に比例して眠気で体力を回復させようという自己機能が働くんだ」

昼休みを知らせるチャイムが鳴り響いても、赤髪の友人はまだ眠りの中にいた。
起きるのを待つ間に、いつもの制服に着替えた密羽と月詠が迎えに来る。
それでもまだ歌麿は、起きる気配の欠片すら見せはしない。
「でも、そうも言ってられませんわ〜。昼食の時間ですのに〜〜」
「それもそうだな」
そう言うなり、夜近は手元の教科書を徐に丸めて隣の歌麿の頭を豪快に叩く。
それは綺麗に弾かれた音と称するべきか、豪快に痛い音と称するべきか。
どちらにせよ、痛いのは歌麿一人だけである。

・・・い・・・ってぇぇぇぇッッッ!!!!
「気にするな。俺達は痛くも痒くもない」
「ほら、さっさと起きな。今日は天気いいから屋上に行くよ」
「夜近様、今日のお弁当は自信作ですの」
「変な薬が入ってないなら構わん」
「何、アンタまた媚薬入れたの?」
「夜近様ったら、今日はそんな小細工はしてませんわ〜〜」
「・・・・いつもそうして貰いたいんだが・・・・」
「お前ら、待てっっ!まずは俺に謝れっつーの!!」

月詠の普段の行動はともかくとして、談義をする3人はさっさと教室の扉まで着いている。
昼休みのざわめきを聞かせる教室の中、後ろを振り返れば歌麿はまだ窓際の自分の席で痛む頭を抑えているが。

「早く来い、歌麿。今日の弁当は自信作だそうだ」

そのまま不機嫌な色を全開に表現する彼を引き連れ、4人は屋上へと向うのだった。












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