第一章・第1話『月に遊ぶ都・それは巣窟の都』
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「俺に何か御用でも?」


その声が届くのは、とある神社の境内の上だった。
この都の左京区南部に位置する、鷲森神社。
規模こそ小さくて目立たない、どちらかと言えば寂れた場所でもある。
だが、赤い髪を揺らして妖艶な風貌をそのままに、涼は彼に近寄るのだった。

「アンタ、自分の神社ほったらかしにして何でこんなトコにいるのよ」
「俺とて、他の御利益に縋る時もあるのだよ」
「神門家からアンタに使いが行ったって聞いたんだけど?・・・逃げたね」
「世間ではそうとも言うらしいね」
「そうとしか言わないよ、この馬鹿ッッ!」

髪の中から使い慣れた鞭を取り出し、豪快に床板を弾く。
そんな正面の様子に彼は演技のような怯えを見せるが、彼とて武道者である事は彼女も知っている。ぶらっと散歩に来るにしろ、ただの一般人は神社に剣など持ち込みはしないからだ。
肩で結う髪は黒く長く、その物腰落ち着いた雰囲気で自前の呉服に身を包んだ青年。
余裕の態度を見せるも、その腰に携えている剣は飾りではないのだろう。
「涼、女王様顔負けだねぇ。SMプレイは勘弁だよ?」
「誰がアンタなんかに披露するものですか。こっちは都司主の命令で一日の予定を潰され、都爺に散々こき使われた挙句にアンタを探せってまで命を出されたのよ。ガキの使いじゃあるまいし、こんな雑用如きで私を起用されたんじゃ堪ったものじゃないわ」
「こんなに早く見つかるとは計算外だったなぁ。てっきり、神門の者が来るとばかり思っていたよ」
「だから私を起用したんでしょうよ」
「やれやれ、都爺達も古い脳みそで学習能力を磨いているようだ」





諦めた、とばかりに溜息を溢し、彼は軽く首を掻く。
何故、涼にだけは自分の居場所が見つかってしまうのだろうか―――普通に考えれば、それは不可能な話なのだ。
この都は、区で隔てられた区域の中に街があるのは誰もが知っている常識。
北部に左京、北、右京の区。
南部に東山、山科、伏見、南、西京の区。
更にその中に、上京区と中京区と下京区がある。
これらをまとめて『市』と呼ばれているが、何せ中心区以外は山や森林で多く囲われた都市なので道も入り組んでいると言っても過言ではない。
今では文化が進んで殆どの道が整備されているが、文化財条例などの関係で手を加えられない場所も多々存在するのも事実。
だが彼が逃げるようにして来たこの鷲森神社は、そのどちらにも当てはまらない。
場所的に田舎なのと、こじんまりとした神社自体も寂れて訪問者が殆どいない事。
すなわち、人々に忘れ去られたような場所なのだ。
けれど、神社仏閣が日本一多い都市だからこそ、このような事実はこの都の中では珍しい事ではなかった。

「足だけでそう遠くは行けないでしょう。だったら、アンタの管轄内に潜んでるとしか考えられないじゃないの。その中からここを見つけたのは偶然だけれど」
「公共の施設を使って移動したとは考えなかったのかい?」
「そんな目立つ真剣を腰からぶら下げて?だとしたら、別の意味で褒めてさしあげてよ」
「・・・そりゃ有難いねぇ」
困ったような笑みを浮かべれば、観念するしかないようだ。
今度こそ本当に降伏したらしい彼は、先に神社を抜けようとする彼女の背中に従っていく。
「一体何年の付き合いになると思ってるのよ」
「はいはい」
「はい、は一回」
「・・・俺の方が5つも年上なんだけどねぇ」
「うるさくてよ。―――行くわよ、日光。今度の件は駿河の管轄なんだから。嫌でも立会いぐらいはしてもらうわ」

目の前を歩く妖艶な美女、涼に『日光』と呼ばれた彼は、面倒臭い面持ちで従って行くのだった。


これから自分が連れて行かれるのは、あの神門家なのだろう―――


心中で不機嫌を自覚しながら、これから自分を待っている『仕事』に対して退屈そうな欠伸をかました。





■□■






「くっはぁぁ〜〜!食った食った!!」

さも満足そうな声が木霊すのは、日和のいい太陽を独り占めする屋上。
そこには夜近達4人が、空の重箱を囲んで昼休みの一時を過ごしている。
数分前までは、豪華絢爛で色とりどりの鮮やかさが満ちていただろう重箱。だが今では殆ど食べ尽くされて、プラスチックの飾りや銀紙だけしか残っていない。
「麿ちゃん・・・夜近様を差し置いて肉を一人で食べましたわね・・・」
「細かい事言うなよ、月詠。どうせこいつはそんなに食べられる方じゃねーしよ。俺様が夜近の分まで処理してやったんだ」
「今日は自信作でしたのよ!夜近様に味わって頂きたく、頑張りましたのに!」
「ちょ、何アンタ!昨夜のアレから寝てないワケ!?」
「だ、だって、密羽ちゃん〜〜。夜近様にお出しするお弁当ですもの、それにこれだけの量にもなると時間がかかりますわ〜」
「バカっ!なんで寝ないの!こんなバカ男に尽くすよりも自分を大事にしなって、いつも言ってるだろ!」
「・・・・俺は影でそんな事をいつも言われていたのか」

屋上での一時は、いつもの風景。
歌麿が月詠の準備した豪勢な弁当をほぼ独り占めし、月詠が怒り、密羽がちょっかいを出し、夜近はそれを傍観する。
心地よい風を感じながら、この時だけは『平和』という言葉を信じたくもなる。
目の前で展開される風景が、夜近にとっては何よりも心地よい。
自分の背負う宿命すらも、この4人が集えばそれを忘れさせてくれる。

「しゃきーーん。」
「ば、バカかっ、月詠!何が『しゃきーーん』だ!その真剣をしまえーー!!」

月詠の両剣が鞘を抜き、それが天を仰いで標的を定める。
無論、歌麿は屋上を必死で駆け回る鬼ごっこだ。
―――本人は鬼ごっこよりもタチの悪い命がけかもしれないが。

「・・まったく、何やってんだい。歌麿もこうなる事が分かってんなら少しは控えればいいのにさ」
「ははは、まぁいいじゃないか。月詠は楽しそうだしな」
一方、空の重箱の周囲に座ったままお茶を一服する夜近と密羽。
背後では二人の叫び声が聞こえてくるが、今更気にもならないらしい。
「あのさ、前々から聞きたかったんだけど。屋上は一般生徒は使用禁止、だっけ?」
「生徒手帳にはそうあるな」
「夜近、アンタが決めた規則?」
「俺じゃないな。俺の中の『生徒会長』という人物が作ったのさ」
「同じ事だろ。アタシらは一般生徒だけど、罰せられないのかい」
「俺が信用できないか?―――最も、屋上を禁止にしているのは俺にとって都合がいいからなんだが」
「?都合?」
―――本家との連絡のやり取りさ」

遥か彼方まで続く大空を見上げれば、密羽もそれを習うようにして続いた。
晴天。
青い空。
白い雲。
時折鳥たちが視界を横切る。
何一つ変わりのないこの上空に何があるというのか―――密羽はそれを尋ねようとするも、まだそれを見上げ続ける夜近の表情が変わっている事に気づく。
「・・・何?」
「何だろうな」
見上げた先に広がる夏の日差し。
夜近がそのまま立ち上がれば、一羽の鳥が風の音を奏でながら近づいてくる。
「・・鳥・・・・鳩?なに、本家からの連絡?」
その足には紙切れが掴まれており、恐らく伝書鳩なのだろう。
教育されている鳩が屋上の手すりにその身を乗せ、夜近がそれに近づいては紙切れを受け取っていた。
大きさにして小さなメモ用紙程度だが、夜近に伝わる伝言はそれだけで充分らしい。
そしてさっさとそれを一読するや否や、彼のその表情が笑う。
そして鳩を再び旅立たせ、その手すりに肘をかけて3人を視界に映した。
勿論、気になるらしい密羽もいつの間にか立っては夜近に近づき、喧騒を行っていた歌麿と月詠も夜近の元へと足を向けていく。

「歌麿」
「なんだよ?」
「悪い知らせだ。お前、逃げた方がいいかもな」
「・・あ?何だよそれ。その紙にそんな事書いてあんのか?」
「都爺様達からの伝書ですの?昨夜の一件について・・・でしょうか?」

月詠には察しがついているらしい。
その概要となる中身までは分からないものの、夜近は笑いを堪えるようにして口元を押さえている。
それが何を意味するのか皆目検討もつかない3人だ。

「おい、夜近っ」
「ははは、悪い。昨夜の一件についてだ。逃がした魔物が根城にしていた場所から一匹の魔物を捕獲。分析と調査も済んだらしい。どうやら、日光殿が協力してくれたみたいだな」
「まぁ、兄様が?珍しい事もありますわね」
「で、何で俺が逃げた方がいいって―――
「読むか?」
歌麿の理解できない苛立ちを悟ったのか、今さっき伝書鳩から受け取ったメモ帳程度の紙切れを差し出す。
良くは分からないが、赤髪の友人は不安そうにそれを受け取り、目を通す内に―――歌麿の顔色が見る見る青ざめていくのが傍からみて明確に知れた。
そんな様子を見守りながら、やはり笑みが隠しきれない夜近だ。
「何なのさ?何が書いてあるっていうの?」
「ん?教えてやろうか?」
「お、俺は逃げるからな・・!!ここではない何処かに行く・・!!」
「あ、麿ちゃんっ。何処に行きますの、話はまだ終わってません事よ」
必死に駆けようとする歌麿だが、動転してる為か体がうまく走ってくれない様子だ。
そして更にそれを月詠が止めている為、中々屋上の出入り口にまで辿り着けない。
「あの紙に書いてあったのは、そう大した内容じゃない」
「けど、あのバカはあんなに慌ててるじゃないか」
「あぁ、歌麿にとっては一大事な事項なんだろうな」
「だから、さっさと教えなよ」
「そうだな、あの紙には―――

ようやく歌麿のその手が屋上の昇降口のノブに辿り着いたその時。
無意識に―――ではなく。
そして自動的にでもなく。
向こう側からこっちに向って勝手に開いていく。
そして、隙間から徐々に見えてくるその姿に―――歌麿の蒼白の表情は諦めを悟るのだった。


「『調査及び分析報告を鳳来寺家の風がお持ち致す―――』・・だな?」


「相変わらず間抜けなツラね。会いに来てやったわよ、可愛い弟。・・・そして、都司主サマ、ごきげん麗しゅう」





突然現れた風は、歌麿――――にニヒルな笑みを浮かべていた。













「やれやれ、人使いが荒いんじゃないのかい?」

神門家に連れられて、結界の中に閉じ込められた魔物を拝見したのは数時間前だ。
駿河家の管轄内で起こった事件の為、その立会いを命じられて素直にそれを承諾し、つまらない光景に付き合った。
まぁ内容は、今も隣にいる涼と共に魔物の分析作業である。
これまでこの都に出現した魔物をまとめてある書類から参照し、その出現場所と出現理由、更に魔物自体の属性にまで至る。そして体内の構造から蘇生能力や繁殖能力の割り出し、DNA細胞の摂取まで行う、なんとも地味な作業である。
そしてその作業を早急に終わらせるや、今度は隔離場所の調査に赴けとの命令まで発せられた。
それを受けての呟きが、先程の一言である。
そして今はその命令に素直に従う自分を健気だと同情しつつ、下鴨神社の並木道を涼と歩いている。

「アンタが逃げなきゃ事はもっと早くに終わってたはずだけれど?」
「涼、いい加減機嫌を直してくれないかなぁ。仕事がやりにくいよ?」
「四条河原町『カフェ・ド・ボンド』のミルフィーユパフェで手打ってあげてもよくてよ?」
「分かったよ、これが終わったら連れてってあげますよ」
「あ〜ら。別に催促したワケじゃなくてよ?でもそんなに私を連れて行きたいのなら仕方ないわね」
「女王様は俺の範囲じゃないよ」
「・・・何か言った?このシスコン27歳」
「シスコンとは聞こえが悪いよ。妹へ向ける愛情と謳って欲しいね」
「・・年齢はいいのね?」
「・・・・・よくないよ」

そんな他愛ない会話を続けていれば、正面に大きな鳥居が見えてくる。
歩を止まらせる事なくそれを潜れば、白い砂利が敷き詰められた道の正面に門の閉ざされた本堂が立ち構えていた。
涼にしてみれば、本日二度目となる場所だ。
「ふぅん。随分と瘴気が漂ってるね」
「あまり長居したくないわ。早く終わらせましょう」
「同感だね」
だが、こうも禍々しい気が当たり一面を覆っていては、何かを探る事すら困難に思えた。
そもそもここに来た理由は、地脈の歪みの調査と結界作用の確認である。
「さぁて、どこから手をつけたらいいものやら」
「何寝ぼけた事言ってるのよ。禍々しい力の中心の場所は割れてるんだから、その源となっている原因を突き止めるしかないでしょ」
「涼の言いたい事は分かってるつもりだよ。だけれどね、こうも地脈が安定してないと下手な憶測も作れないね」
「へぇ?真面目に仕事してくれるのね。―――とにかく、歳食ってる分知識だけは豊富なんだから役に立ってみなさいよ」
「やれやれ、言いたい放題だねぇ涼は。地脈の調査も楽じゃないんだよ?」

この大地を守っている『地脈』があるからこそ、人々は大地の上で生きている。
それは光であり影であり、森羅万象全ての事象に大いなる影響を与える存在だ。
地脈は『陰』と『陽』に分かれており、そのどちらかに分類された地脈が大地に影響される。
簡単に例えれば、『陰』の地脈は『影』を生み、『陽』の地脈は『光』を生む。
この都に建立している神社仏閣は、その場所に関係して設計されている。
『陰』を鎮める為に『陽』の神社仏閣がその上にあるのだ。
―――すなわち、この都は『陰』の気が絶え間なく溢れている事でもある。
神社仏閣の数だけ『陰』が存在すると考えていいだろう。
だからこそ、神聖なる建物に『陰』に属する魔物が近寄るなどできはしないのだ。

「神社を根城にするとはねぇ。罰当たりな連中だ」
「どうなの?原因を突き止められそう?」
「原因も何もないだろう?都を守る結界と神社の結界に破損が生じるからこそ、地脈も異変を起こすんだろうから」
「神社の結界が役に立ってないって事?」
「そもそも、結界に頼りすぎなんだよ、この都は。結界があれば大丈夫だなんて、一体誰が決めた?陰の気が満ちすぎて、神社仏閣や都の結界が圧されている」
「・・・結界以上の力が存在してる、か」
思わず考え込むような仕草を見せれば、日光は満足そうな笑みでそれに続く。
「そう、厄介な事だとは思わないかい?外部からならまだしも、京の都―――結界の中身から汚染されているよ」
「随分と傍観的な発言ね。原因が分かっていながら手放しする気かしら?」
「別にどうでもいいさ、俺は。この都が闇に包まれようとも判断の過ちで滅びようともね」
「・・今のは聞かなかった事にしてあげるわ。都市守護結界の管理名家なら、少しは発言を控えた方がよくってよ」

この都の四方を守護するそれぞれの結界は、決して目に見えるものではない。
それはそれぞれに単独の力を放つ象徴みたいなもので、例えるならば『オーラ』に近いものだろう。
この都を包むように四方で囲い、十字に交差するその力。
北に駿河。
南に鳳来寺。
東に葛葉。
西に神門。
それが結界守護者でもあり、貴族4大名家と呼ばれる由縁でもあった。
すなわち、日光は北を守る結界を継ぐ者だ。そして、涼も。


「肝に銘じておくよ」


苦笑染みた声を洩らしながらも空を仰げば、既に夕刻に染まっていた。
ここから『結界』が拝めるでもないが、日光は目を細めては何かを見やるような視線を見せつける。
不思議そうに思った涼がそれに合わせるも、その先にはやはり何もない。
聞くまでもなくそれに気づけば、日光は彼女と視線を絡ませていく。

「そろそろ、『夜の結界』の時間だなぁと思ってね」

―――夜の結界。
それは、時間帯で結界の『力の意味』が変化する事を示している。
日中でも結界の力は普段と同じに作用しているが、夜になるとその力が変化するのだという常識がある。
それらは月の魔力を源にしているのだという説があり、だからこそ夜には結界の力が大きなものになるらしい。
勿論、その力の変化は結界それぞれに異なっている。
そしてその力を扱えるのは、それぞれ名家に生を受けし者達。

「じゃ、結界の力使って早いとこ終わらせてくれない?」
「面倒臭いよ。幾多にも枝分かれする地脈の歪みを一人で正常に戻せって?」
「・・・月詠ちゃん、もうすぐ学校から帰ってくるんでしょう?少しは兄らしい事してあげなさいよ。最近は構って貰えなくて寂しいんでしょ、コレ終わらせたら抱きついてくるんじゃないかしら?」
「涼、その場所は術の範囲に入るから3歩程下がれ」
「・・・・分かって貰えて光栄だわ」

こうも単純に引っかかってくれると楽は楽なのだが、どこか釈然としない涼である。
日光の妹溺愛バカは今に始まった事ではないが、手段として彼女の名前を出すのは気がひけるようだ。
だが、周囲に人の気配を感じたのか、涼が慌てて日光に駆け寄った。

―――、あ、日光、ちょっと待って」
「なんだい、俺は早く月詠に抱きしめてもらいたいんだ」
「その危険思考を止まらせなさい」
一人気持ちが急くのか、日光は勝手に守護詠唱に入り始めている。
「待ちなさいって言ってるでしょうが!」
「涼が言ったんじゃないかぁ〜。月詠が―――
「駄々こねていい歳だと思ってんの!?鞭でしばくわよ!」

既に参拝時間も過ぎた、誰もいない下鴨神社の本堂前。
上に夕刻を、周囲は木々に見守らせながら―――鞭の音が当たり一面に木霊す。


―――・・賑やかですね」


そんな時に、静かな第三者の声が背後から聞こえてくるのだった。
一直線に伸びる整備された神社内の道を通って、彼は二人の前に姿を見せ付けていく。
だが、その声の登場に―――日光は不機嫌さ満開な表情になる。
詠唱しかけた術もさっさと断ち切り、両腕を呉服の中に隠し、その表情に敵意を表す。
そして涼も、彼と目を合わせるなり―――少しだけ強張った表情に変化している。

「何の用だい、クソガキ」
「その呼称もいい加減慣れましたよ。久々の顔合わせだというのに、貴方は相変わらずですね」
「じゃぁ高校生。何しに来た」
「都司主サマは楽そうで羨ましい限りですわね。こんな場所に何か御用かしら?」
「御二方共、随分と棘のあるお出迎えですねぇ。ま、別に構いやしませんが。・・・ちょっとばかし、様子伺いに参っただけですよ」
そう言い、夜近は二人の元へと静かに歩み寄っていく。
制服である事から恐らく学校帰りなのだろうが、鞄は持っていない。その両手をズボンのポケットに突っ込み、時折風で髪が揺れる。
「一人か?」
「いえ、南門で一人待たせてます」
「ふぅん、歌麿かしら」
「いや、あいつは涼の名前が出るなり視界から一目散に逃げた。まさか、報告に風が来るとは思ってなくてね」
「あら、残念ですこと」
不敵な笑みを洩らせば、それに苦笑する夜近。
風に涼、何とも不幸な境遇に生まれた親友に同情せざるを得ない。

「さて、風から報告はお聞きしました。出現したのは下等ランクの魔物、繁殖能力・及び生態系は危険レベルではない。ただ、雑魚故に手間がかかる撲滅作業が必要となるようだが、それも結界の力を増幅させれば問題はないでしょう」
「復唱ありがたいわね。だけれど、簡単に言ってくれるじゃない」
「元より簡単な話でしょう?今は目の前の本殿内に全てを閉じ込めているんですから、それらを叩けば終わる話ですよ」
そう言い切る夜近だが、それに相変わらずの厳しい視線を送るのは日光だった。
先程までの涼との会話での口調はどこにもなく、どこか押し殺したような声が夜近に届く。
「・・・原因は必要ないというのが貴様の判断か?」
「原因、ねぇ。そのようなもの、あってないようなものですよ。修復作業に力を注ぐのであれば、魔物を放置させてしまう事になる。どちらが優先すべき事項か、分かりきった話じゃないですか」
それでもマイペースな表情でやり過ごす夜近である。
この、のらりくらりとした態度が気に入らないのか、日光の顔は強張るばかりだ。
「先代の都司主ならば、そのように落ちぶれた判断はしなかったであろうにな。若いだけで周りを振り回すのも大概にして欲しいものだ」
「期待に副えませんですいませんね。先代の都司主である俺の両親は、既に他界してますから」
「そうさ、先代がお亡くなりになったのも元はといえば貴様の力不足―――
「日光、おやめ!」

何か触る事でもあったのか、突然声を張り上げるのは涼だった。
その顔は少し青ざめており、その表情だけで二人も意味を汲み取ったのか―――暗黙の了解にも似た空気に従う。
何も言わない夜近と、申し訳ない面持ちを垣間見せる日光。
その片手を髪の中に埋め、視線は『滑らせてしまった言葉』を彷徨う。

―――・・すまない、涼」
「・・別に、アンタが謝るような事じゃなくってよ。・・私が思い出したくないだけだわ」

少しの重い空気と、空回りしてしまいそうになる雰囲気の中。
ただ耳に聞こえてくるのは――木々が風に擦れ合う音色と、静か過ぎる気圧。
緑の匂いと、時折羽ばたいていく鳥達の旅立ち。
決してのんびりしているような状況ではないのだが―――何故か、誰もが言葉を探す。


・・・そして最初にその沈黙を破ったのは、静かに声を揃え始める都司主であった。


「・・・当時6歳の俺が力不足だったというのは事実でしょう。俺に力があったならば、『あの状況』で救えたのかもしれません」
「やめなさい、夜近。私は聞きたくなんてないわ」
「こういう時でもないと涼と話す機会もないんでね。俺に選ばれなかったのがそんなにも悔しいのかい」

どこか挑発するような言葉を吐き出せば、涼の表情が一瞬にして凍りつく。
それは決して気分のいいものではなく、自身の中の渦を巻き返されるような感覚である。

「俺を避けるのは、君が候補に残っていながらも『最強の花嫁』に選ばれなかったからかい?」
「私には、アンタの為に捧げる命なんて持ち合わせていなくてよ。過ぎた事を巻き返すような真似はよして頂戴」
顔を俯かせ、心底避けたい話題らしい涼の態度が夜近の瞳に映り込む。
いつ彼女の鞭が飛んでくるか定かではない状況だが、とりあえず『都司主』として接してる分には彼女も刃を向けないだろう。
「そうかい?だったらば、もっと頻繁に神門家に顔を出してもらいたいね。これは、都司主としてのお願いだよ。ま、命令と受け取ってもらっても構わないがね」
「・・で?今更過ぎた事を掘り返すのが都司主の趣向?悪趣味ですこと」
「趣向じゃなく、事実だろう?いつかきっと、あの件に関して話し合う日が来る。そしていつか知る時が来る。―――歌麿も、いつか知るんだ。・・あの事件の全貌を」
「やめなさいって言ってるのよ!私の大事な弟を傷つけるなんて真似、許さなくってよ!!」
「当事者が本当の真実を知らないのもおかしな話。両親がその命を落としたのは、俺の力不足が原因かもしれない、だが、あの事件で俺の両親と貴女の父上君が巻き込まれた」
「・・なにを、語れって?私から、あの子に語れって言うつもり?」
―――無理でしょうね、貴女方には。歌麿を守るのが、貴女方姉妹の選んだ道なのだから」


全てを見透かしたかのような瞳に吸い込まれそうになる。
何の感情もなく、ただ淡々と語る夜近の言葉が涼の中で回っていく。
何の答えも導き出せはしないというのに、目の前の主はそれでもなお何かを求めている。
―――これといった言葉も返せずに、ただ立ち尽くすだけ。
さっきまでは聞こえていた木々の声も鳥達の会話も、何も耳に入ってはこない。

そんな涼の様子に『とりあえず一段落』と区切りをつけたのか、次は日光を視界に映すのだった。

―――ともかく、両親が死んで俺は、日光殿にとって何よりも大事なモノを手にしました」
「思い出させるな。胸糞悪い」
「そうはいきませんよ。いずれ日光殿は俺の兄になるのですからね」
「貴様のような弟などいらぬ。俺から月詠を奪った奪略者と言葉を交わすのでさえ、居心地が悪いんだ」

えらい嫌われようではあるが、それも仕方のない事だ―――と、夜近は解釈している。
『最強の花嫁』という肩書きを持つ月詠は、夜近のフィアンセに選ばれてもう何年が経つだろうか。その当時も日光は一人最後まで反対しており、その合格を知らされた時は廃人同然だったという。
大事な大事な可愛い妹は、いつまでも自分だけの妹であって欲しいと願うと同時に――いつまでも自分の側だけにいるのだと信じていた。どこにも嫁がず、兄の自分だけを見ていてくれるのだと思っていた。
その矢先に、神門家の花嫁に選ばれたのだ。
私怨と呼ぶのが相応しいこの感情は、ただ都司主に妹を奪われたとしか受け止められないのだ。月詠本人の感情など関係なく、ただ『兄』としての感情だけが先立つ。

「俺は今でも許したワケじゃない。今回のような神門家からの協力要請も、本当は従いたくなんかないのさ」
「月詠がお願いしてくれれば、完全協力姿勢になってくださるので?」
「月詠の前だけならしてやる。駿河家の当主は俺だ、月詠には理解できない宿命もある。だが、俺は月詠が貴様と共にいる事が一番理解できないがな」
今でも反対姿勢は変わっていないらしい。
だが、幼き頃自分の背中ばかりを追ってくれていた妹にとっての『追う者』が、目の前で笑みを洩らす年下の都司主に変わった事への嫉妬も混じっている事に本人は気づいていない。
「・・・それは、いい事を聞いたなぁ。では後程、月詠からお願いさせに行きますよ」
「このクソガキ、人の話を聞いてなかったのか?大事な妹を、お前の駒に使うのか!」
「・・ま、駒と言えば駒になるんでしょうかね。これも、都司主の務めってヤツでして」
月詠の話になると人が変わる日光は、どこまでも妹溺愛者だ。
それを利用しているのか、夜近はマイペースな流れに手応えを掴んでいた。

「・・ともかく、今夜動きます。お二方も『遊び』に来てくださると大変助かるのですがね」

目の前の本殿は、空に浮かび始める月の出現と共に活性化し始めていく。
門で囲われている結界外には出られないようではあるが、その嗚咽めいた地響きのような複数の雄たけびは容易に木霊してくる。
涼と日光がそれに目を向けている間、夜近は一礼だけしてその場を去っていく。
残された二人はというと、そんな都司主の背中に声をかけるでも追うでもなく、ただ去っていくその足音と後姿にそれぞれ複雑な心境を思い描くのだった。

「・・・地脈の正常化は、こいつらを殲滅させてからって事みたいね」
「嵌められたような気もするな」
「事実、私は選ばれなかったわ。選ばれたのはアンタの妹君。・・・皮肉なものね、忘れようとしても忘れさせてはくれないわ」
「事実は複数あっても真実は一つだろう。・・・認めたくはないが、あのクソガキはその意味と効力を知っている。関わる俺達にとって、それがどれだけ効き目があるかをな」
「どうするつもり?」
「あのクソガキの言った、可愛い妹がお願いしてくれる一時を味わえるのも悪くはない」
「とことん病んでるわね」
「涼はどうするんだい」
「・・・そうね、とりあえず―――
「とりあえず?」
「・・・パフェの相手、務めてくれるんでしょう?」


空一面の闇が襲ってくるまでにはまだ時間がある。
二人は少しの笑みを顔に浮かべ、夜近の去っていった方向とは逆に向って歩き出す。
本殿を囲う門沿いに、北に抜ける道があるからだ。
確かあの店は20時までやってたはずだと―――そんな会話が木々達に届いていた。






そして一方―――下鴨神社・南口正門前。
そこには一人の女生徒と夜近が数分ぶりの再会を果たしていた。

―――夜近様、どうですの?」
「ん〜、うまくいったと思いたいんだが」

いちいち確認するでもないだろう。
わざと月詠をさっきの場に同席させず、ここで待たせていた。
月詠がいればあの日光を簡単に頷かせる事もできただろうが、涼がいたからこそ同席はまずかったのだ。

涼は、自分が最強の花嫁に選ばれなかった過去を汚点だと考えている。
選ばれた月詠を実の妹のように可愛がっているが、だが彼女を動かすにはその話題を出すしかない。だからこそ、月詠がいては――彼女の迷いが全面に出てしまう。
迷わせる隙間など与えずに、涼の意思と向き合わねばならなかった。
―――それは単刀直入に、そして責め立てるように。
けっしていい役所ではないが、名家同士の繋がりを深める為には必要な作業だ。

「夜近様自ら悪役を買って出るだなんて、心が痛いですわ・・」
「今回はあの二人にも協力してもらいたいからな。嫌われてるのは今に始まった事じゃないし、気にする事はないさ」
「ですが・・・」
「お前の兄上と涼の能力は俺も買ってるんだ。これで動いてくれると助かる」
「北の結界の力を扱えるのは、日光兄様だけですものね。ワタクシにも力があれば、夜近様にこのような真似させずに済みましたのに―――
二人並んで歩き、月詠に預けていた鞄も今では主の手に戻っている。
制服で判断できるからこそ相応の二人に見えるのだが、どちらにせよその風貌だけで『恋人』と思われる並びでなない。
その原因は、月詠が童顔で小さすぎるのか、それとも夜近が大人びすぎているのか。
だが、それでも顔を俯かせて夜近を想う彼女を気遣う。
「気にするなと言っただろう、月詠。あの二人と話すのは楽しかったからそれでいいさ。――・・くくっ、日光殿は俺がいると本当に人格変わるんだもんなぁ。彼に特定の女一人でもいれば、俺に対する風向きも変わるのかな」
「昔、失恋して以来そのような話は聞きませんわね。兄様もああいう方ですし、かなり個性の強い変わった御人でないとアレを支えるのは無理じゃないかと思いますわ〜」
―――皆、苦労人だな。俺も少しは楽な恋愛をしたいんだが」
「夜近様、それは聞き捨てなりませんわ。ワタクシは、大和撫子をモットーにお慕いしておりますのに!」
「だったら、うちの女中達に『既成事実を作る為に訪ねてきた』と挨拶するのはやめろ」
「・・・・・・いけませんでしたか?」








―――夜が近づいている。

夕焼けに染まった空の色はどこか毒々しく、それも直に黒く染められていくのだろう。

そして数時間後には、きっとこの手は刃を翳(かざ)している。



明日はまた寝不足か―――



そんな事を呟くに充分だった。









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> 第一章・第1話『月に遊ぶ都・それは巣窟の都』

 

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