第一章・第二話『誰が為に廻る理由』
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第一章・第二話『誰が為に廻る理由』




       壱 『交差』










そこは都の中に在る、泉を囲う森の中。
地の底から蠢く存在が、今目の前で生まれようとしている。
暗闇の中で、頭上の月だけを光源に、『彼ら』はそれを見守っていた。

「魔物が形成される瞬間ってのは、あんま気持ちいいもんじゃねぇな」
「何を今更。都市主達をおびき出すには邪なる意思を持つ魔物が必要不可欠なのよ。忘れたワケではないでしょうに」

呆れたように女は眉を変形させるが、男はそれに対して特に文句を言うでもなかった。
目の前で創られていく形に不満を抱くように、ただそれらを見守り続けている。

「昔っからイワクの語り継がれる場所だけに、魔物が騒動を起こしてもおかしくはない。・・そう判断されれば、私達の存在も気付かれる事はない筈だわ」

胸を強調するようにしなやかに体が揺れ、その瞳が大きな泉へと向かう。
泉の外周には公園やマラソンコースなどもあり、一年中賑やかではないが泉には白鳥や生息している。貸し出しボートもあるのだが、あまり儲かってはいないだろう事は見ただけで分かる。
それでも静かに散歩を楽しむ老夫婦や、ピクニック気分で楽しむ家族連れには好評だ。


「この宝ヶ池が、次の対戦場所か。・・・楽しませてくれよな、都市主さんよ――――


不気味な期待と妖しい嘲笑。
男は、遊戯を愉しむかのように笑っていた。











――――生徒会長は走っていた。
ただひたすらに、校内を走り回っていた。
その顔には酷い汗と恐怖から逃れる為の気迫が集っている。


「はぁっ、はぁっ・・・!」


足は痙攣を起こしてもおかしくはないのだが、それでも彼はただその足を全速力で活発に活動させていた。
―――6月25日。土曜日。
時刻は昼を少し過ぎた12時12分。
土曜日は半ドンという事もあってか生徒達の姿も疎(まば)らだったが、クラブ活動に精を出している者達にとっては昼食タイムである。
だが、あの凛々しく格好いいと評判の生徒会長のこんな姿を目撃するのはそう珍しい事でもなかったのである。それを知る生徒達にとっては



―――あぁ、またいつもの鬼ごっこだ
―――神門様も大変ねぇ



と、微笑ましい感想のお釣付きである。
本人にとっては全く以って有難くないのだが。
――――そう、生徒会長、つまりは夜近がここまで走るのには理由があった。彼は『追う者』ではなく、『追われる者』だったからだ。


「夜近様〜〜っ、お待ちくださいまし〜〜〜っ!!」


いわずと知れた、彼の婚約者。月詠である。
その腰にはいつものように愛用の二刀真剣が携えられているというのに、彼の足についていける彼女の体力そのものを疑いたい。
一昔前の漫画じゃあるまいし―――夜近は脳裏でそんな一人ツッコミを入れてさえいた。

「月詠っ、いい加減にしろ・・っ!」
「ワタクシはただ、夜近様と二人きりになりたいと申しただけではありませんか〜〜っ」
「その後が問題だっ!!」



当然、追いかけっこをしながらの状態で会話している二人だ。
夜近は後ろを振り向く体力すら無駄な労力とでも考えているのか、ただひたすらに知り尽くした校舎を迷路のような道順でその体を舞わせている。そして一方月詠は、誰よりも小柄な体格を利用して狭い通路も人の群れもお手の物だ。その気になれば、高く飛び上がって身軽な技すらも披露できる。

「何か問題がございました〜〜?」
「体育館倉庫の鍵をどう使うつもりだ、お前はっ!!」
「ですから〜〜、密閉された空間に夜近様と二人きり〜〜〜」

乙女に夢馳せて甘く唱えられた声も、夜近にとっては恐ろしいだけである。
彼女の目的を知っているからこそ、その体は自然と拒絶反応に襲われているようだ。
「婚約者なのですから〜〜、何も不自然な事ではありませんわ〜〜」
「思いっきり不自然極まりない事に気づけっ!!」

まず第一に、未成年者。
第二に、健全な高校生。
第三に、不純異性交遊を管轄する生徒会長という立場。
そして何よりも重要なのが、『体育館倉庫の鍵』―――だろう。


「勘弁してくれ・・っ!」


―――いつもの日常であった。
ただ違ったのは、そのリアルな展開を望む月詠がとうとう実力行使に出てきた事だろう。
いつもならば、媚薬入りおにぎりだとかいう軽症――と、世間では呼ばないとは思うが――で済んでいたはずだ。
注がれたお茶の中に痺れ薬を盛られた事もある。その後、『今日こそは既成事実奇襲作戦成功ですわ!』と、嬉しそうに麗しい笑みで微笑んでいたのは言う間でもない。それを受ける夜近にとっては恐怖以上の閻魔大王を相手にしている心境だったが。

そんな頃には彼の足は校舎の4Fを駆けており、マイペースな時間を過ごしている女生徒達が各教室にパラパラと見受けられた。
当然この夜近の事である、黄色い歓声が聞こえてくるのにそう時間はかからない。

「きゃーーっ、生徒会長様っ!」
「夜近様だわっ!!」

いつもはウザイとしか思わなかったこの群れも、今の夜近にとっては有難い材料でもあった。
そう、この走り抜ける短時間の間にも関わらず、月詠の習性を逆に利用する方法を思いついたのだ。


「用がないなら早く帰宅する事だ」


走り様にそんな微笑を浮かべ、女生徒の肩に ポン と手を乗せる。無論、たったの一瞬の出来事ではあるのだが、背後の効果は絶大だという予想は当然的中した。

「・・この、女狐・・・っ!夜近様を名前で呼ぶ事は愚か、夜近様に色目を使いましたわね・・っ!!たかが同じ在校生でしかない分際で触れて頂けるなどっ、許されるとでもお思いですのっ!?」

遠くなっていく背後では、いくつかの断末魔と―――月詠の駿河奥義が炸裂した轟音が響き渡っている。


(・・安らかに逝ってくれ)


我が身可愛さに、罪もない女生徒を犠牲にする夜近であった。
その辺りに罪悪感は感じていないらしく、その足はこの隙とばかりに庭が広がる裏校舎へと駆けていた。






※ ※ ※







「ちょっと、風。いつまでも嬉しそうな顔してるんじゃなくてよ」
「だって、メシア様のライブチケットがようやく手に入ったんだもん!これで喜ばずして何を語れって言うの!?」
「・・・知らないわよ」





風曰く、入手困難な限定ライブのチケットらしいのだが―――
涼は共に喜ぶなどと同情じみた真似も一向に見せず、ただ呆れているだけだった。いや、朝からこんな調子が続けば疲れてきたというのが本音だろう。
大学部内・大学院に通う二人は、結構自由に毎日を過ごしている。高等部までは出席日数で影響が出てくるのだが、大学にもなると講義講習の単位だけ収めておけばどうとでもなる。
特に二人の専攻している分野はそんなに厳しい規則もなく、教授の講義すらも適当に聞いてるだけだ。一応テストなるものが決まった時期にやってはくるものの、たまに取っているノートだけで充分事足りるのだ。
最も、二人とも最初からそれなりに頭の出来がいいのだろう。あの猪突猛進型の弟とは正反対である。

「涼、お昼どうする?食堂でも行く?」
「この時間では一杯でしょう」
「じゃぁ購買部で何か買う?」
「そうね、じゃぁアタシが何か買ってくるわ」

二人はサークルなどといったものには入会していないので、昼からの予定も特にない。だが、御飯は手軽に気楽に済ませたいという性格は二人とも同じようで、その調達を涼が自ら志願していた。
風はまだメシア様とやらのライブチケットを大事そうに見つめては眺め、時には頬ずりをしたりしており、この様子なら多少遅くなっても問題はないだろう。
そう、何も特別な思いがあったワケではないのだが。
―――高等部校舎に寄ってみようと思ったのだ。








「・・・気持ちのいい陽射しね」

上空を見上げれば、穏やかな日光を独り占めしている気さえした。そんな暖かい陽射しに喜びを歌う小鳥の声も、周囲の木々からは聞こえてくる。緩やかな風は赤い髪を舞わせ、それを掻き上げればその美貌は確かなものだった。
これで特定の恋人がいないなど、第三者的には俄かには信じられはしない。無論、彼女に言い寄ってくる男は腐るほどいるのだが、涼は話を聞くより先にフるのだった。
誰かが『好きな男でもいるのか?』と聞けば、

「誰もアタシの中に住まう事なんてできなくてよ」

と、嫌味と皮肉のこもった言葉で一刀両断である。
後味の残らないフり方としては一級品だが、だからこそ余計に誰もが彼女を落としたい、と願っていく。
涼本人にしてみれば迷惑以外の何物でもないのだが、とりあえず差し出される高価なプレゼントだけはちゃっかり着服しているようだ。

「ふ〜ん、庭もちゃんと手入れされてるのね」

大学部校舎から高等部敷地内へと抜けるには、一応二つの敷地を区切る境のように大きな門がある。西門から抜ければ、そこは高等部裏庭に出ていた。
裏庭といっても質素なものでなく、まるでカフェのようにインテリアに凝ったテーブルセットが幾つか並んでいたり、ちょっとした噴水まである。無論、そんな優雅な景色もほんの一部分なのだが、更に足を進ませれば表校舎へと続く道が待っている。


(歌麿の様子でも見に行きましょう)


今のこの時間は道場の裏で食事でも摂っている頃だろう、少しぐらいは話もできるかもしれない。顔を見た瞬間にウザがられる表情をされるのだろうが、それでもいいと彼女は思う。


(楽しく過ごしているかしら?)


思わず鼻歌を歌ってしまう程、彼女の心は満たされていた。







※ ※ ※








――― 一方、高等部正門付近。
10代の若い青春を送る敷地内には似つかわしくない風貌が、その道を歩いていた。
藍染の呉服、腰には愛用の長剣。
髪は黒く長く、中途半端に肩に乗せて雅な雰囲気が彼にはある。独特の雰囲気がそう思わせるか、その長身ながらに歩くだけで誰もの視線を受ける。
しかし、そんな彼が手に持っていたのは―――いや、その腕に抱えていたのは、異様なものでもあった。
風呂敷に包まれた縦に長い物体。随分と重いような印象を受けるが、それを抱える彼は全然苦でもないような面持ちで軽々と歩いている。

「朝一生懸命作っていたというのに、まさか忘れて行くとはな。しかし、ここでわざわざ持って行ってやれば、月詠の高感度もUPするはず・・!そう、大好きですわと、叫んでくれるに違いない・・!」

―――相変わらず馬鹿な兄である。
感謝はするだろうが、そこまで飛躍した考えにいきつくのは最早病んでる証拠だろうか。
しかし、彼にしてみても綾小路学園内を歩くのは懐かしくもあり、また新鮮でもあった。暫しはそんな風景を眺めながら道程を楽しんでいたのだが、ふいに視線の片隅に愛しの妹を見つけた。
「ふ、やはり俺と月詠は結ばれているようだ。こうも簡単に見つかるとは」
妖しい笑みを浮かべながら、彼女の後を追っていく。
どうにも随分と走っているようで、何か急ぎの用でもあるのだろうかと思うも、それは決して『夜近を追い掛け回しているから』などといった考えにまでは当然達しない。
校舎と校舎と脇道を続き、裏塀に沿うようにして続く道を渡り、またいくつかの角を曲がって―――ようやく妹の背中を見つけた。
このあたりは裏庭だろうか、季節独特の花や緑生い茂った空間である。

「月詠―――

喜びを隠しながら背中に声をかけるも、彼女の体から発せられているオーラに違和感を感じた。
荒い息を整える呼吸はこの距離でも聞こえてくるが、それ以上にその両腕が無気力に放り投げられている。

「月よ―――

何かが彼女の視界に映っているのだろうか、彼もその状況を確認しようと、その先にある風景を覗き込んだ。


―――っ!」




そこには。

涼を押し倒している夜近の姿があったのである。













高等部は部活の成績も大変優秀で、学校側も名誉な事であるからと設備には金をかけている。
体育館やグラウンドは元より、剣道場や柔道場、弓道場なんていうのも各個別に設備が整っている。
昼食時間も終わりに差し掛かった頃だろうか、彼女はまだ誰も練習の始めていない弓道場内で一人弓を引いていた。
軋む床は広く、正面遠くには並ぶ的。その上空は吹きさらしで、穏やかな空が眺められる。弓を構える位置から的までは何メートルだろうか、公式飛距離を考えれば10メートルはあるのだろう。
弓道と云えば、元は『弓術』から来ている。
その名の通り、弓で矢を射る術だ。
古代より射芸として行われ、中世には逸見流・小笠原流・日置(へき)流・吉田流などの流派が出現した事で知られているだろう。近世には通し矢が人気を集め、明治以降は武道の一つとして『弓道』の名で普及したのが始まりだ。


「・・・―――


獲物を狩るかのように厳しい眼光で弓を引けば、射は放たれる。
一直線に駆けるそれは、まるで空間を裂くかのような旋律で的の中心部に重い音で刺さった。
何かに安心したのか一つ溜息をこぼせば、張り詰めていた気迫も一緒に解き放っていく。
弓道着姿のそんな彼女がゆっくりとその弓を下ろせば、緊張感のない声が背後からかけられていた。

「さっすが密羽♪まるで戦士の時みたく百発百中だね」
「・・・呉羽?帰ったんじゃなかったの」
「アイドルの僕が帰ったら、皆悲しむじゃん」
「喜ぶ奴もいないと思うけどね」



弓道場の正面入り口から入ってきたのだろう、密羽とそっくりの風貌をした少年は、悪気もない口調で肩を竦めてみせたりしている。
彼の扱いには密羽も慣れているのだろう、適当な返事だけで済ましているようだ。
「アタシに何か用?」
「僕の片割れに会いに行くのに、理由がいるの?」
呉羽と呼ばれた少年は、密羽が次の射の準備をしない事からか彼女に近寄っていく。
葛葉呉羽―――密羽の双子の弟である。
勿論、葛葉家の血を継いでいるので彼も『都の戦士』の一人である。だが、二人の家柄は隠密系統を継いでおり、彼はもっぱら密偵専門だ。前線で活躍している密羽は、都市主にその戦闘能力を高く評価されて今の位置にいるらしい。
「次の射の邪魔だから、少し下がって」
「了〜解」
ぶっきら棒に邪険を示してみせるものの、呉羽はマイペースな態度を崩さない。
密羽の近くにある柱を背もたれに、後頭部で腕を組んではそんな姉の姿を見守っている。
彼女が弓矢を構えた頃だろうか、彼は何気ない会話のつもりで切り出していた。
「そうそう、密羽。さっき面白いもの見たよ」
「集中力が乱れるから話しかけないで」
隣の少年を鬱陶しそうに、彼女の眉が変形する。それでも弓矢は徐々に引かれていき、射は放たれる瞬間を待ち望んでいた。
左手で弓を定め、右手で弦と矢を合わせる。
そして静寂が訪れれば、集中力を高めてその瞬間に射を放つ。


「今さっきさ、誰もいない裏庭で夜近が涼を押し倒してたよ」


放たれた矢は彼の言葉に軌道を歪め、的にすら当たってはくれなかった。











NEXT





駄文


最後の挿絵、弓道着姿ではなく何故に制服なのかというツッコミは心の中だけに。(笑)
下書きでは確かに弓道着姿なのに。(紫月談)
何があった。(笑)

なづき海雲拝



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