第一章・第二話『誰が為に廻る理由』
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19




朝方に近い風が、その美しい風を優雅に舞わせている。
誰もいない広大な庭の一角で、表情が窺えるでもないその姿勢正しい後姿。
そんな彼女を見つけたのは偶然かもしれなかった。
東殿の縁側を歩きながらその姿を見つける日光は、不思議そうにそれを見つめる。だが相手の方は自分の気配にすら気づいていないようで、それを悟るや否や、用意されている草履を拝借して彼女に近づいていた。

「涼」

だが、返事はなかった。
振り向きもせず、自分の声など届かない場所にいるかのように、彼女はただ赤い髪を風に委ねているだけでその場に立ち尽くしている。
それを不審に思うのか、もう一度声をかければ彼女の肩は僅かに反応し、だがそれでも振り向いてはくれなかった。
「どうした、涼。背後が疎かになるなど珍しい」
「・・・・一人にして頂戴」
まるで去ってくれと云わんばかりの、なのにそれでいて寂しそうなその声帯。
「涼」
「一人にしてと言っていてよ」
「ならば、顔ぐらい見せるのが礼儀ではないのかね?」
「見飽きた顔なんて見たくもないわ」
口調こそ普段の涼だが、何か様子がおかしい―――それに気づかない日光ではない。
「俺の顔がお気に召さないのは君の勝手だが、ならば何故―――震えているのだね」
「・・・ッ」
自分で自分を抱きしめるような、涼のその両腕は力強く自分を支えている。
いや、両腕の力で自分を抱きしめでもしなければならない程の考え事など、余程の事だ。
「・・・アンタはいつもそうだわ。見逃さないクセに簡単に逃がす」
「君への執着心は自覚しているさ。だが、今ここで問いたいのはそれではない」
「アンタには関係なくてよ」
「一人悩み苦しむ女性を前に見て見ぬフリしろとでも?申し訳ないがね、そんな騎士道精神は持ち合わせていないのだよ」
「・・・・・」
頑なに拒絶するのも疲れるだけだ―――涼の心中はそんな所かもしれない。
戦闘後の疲労も手伝ってか、ただ今は体よりも心を休ませたかった。だからこそ、誰もこないだろう庭の一角で涼んでいたというのに、それでもこの男は簡単に見つけてしまうのだ。

「・・・10年前の事、まだ覚えていて?」
「10年前?夜近が都市主を継承した一件か?」
「いえ、それよりもう少し前の―――・・・」
「・・・・・」

主語がなくとも、意思疎通しあえる。
それは難しい事ではなく、今では誰もが忘れたがっている事実の一つだからだろう。

「・・・鳳来寺継承儀式事件。神門家にはそんな陳腐な名前で残されているわ」
「当時の都市主であった夜近の両親と、君の両親が亡くなった事件だな。今頃どうかしたのかね」
「当時、ワタクシは12歳の子供だったわ。歌麿はもっと子供だった」
「当時の鳳来寺当主、つまりは君の父上が強引に歌麿の継承儀式を実行させた事件だったな」
「強引?違うわ、無理矢理にも程がある事を知らない強制的なものだったわ、あれは。御父様は口では弟を立派な戦士にするのだと仰っていたけれど、本当の所はただ神門家に自慢したかっただけだわ。同い年の子供同士だっただけに、自分の子供も凄いという事を知らしめたかっただけよ」

神門家に生まれた次期当主の夜近と、鳳来寺家に生まれた末っ子の歌麿。
親の立場からしても、常日頃から比べられる対象だったのだろう。
神門の子供は日に日に力をつけていくのに対し、何故自分の息子は―――と。だからこそ、無理矢理継承儀式を行った。
無論、今となっては真意を知る術もないのだが。

「だが、儀式は失敗。都市主達神門家の者達が見守る中、歌麿の力は暴走し、辺り一面を煉獄の炎と変えた」

―――あの時、子供の自分に何ができただろう。
ただ、妹の風と一緒に歌麿を捜す事しかできなかった。

「都を司る都市主と鳳来寺家当主の力もってしても、歌麿の暴走は止められなかった。それでも君と風は、全てを焼き尽くす炎の中に飛び込んだ」
「あの子の声が聞こえた気がしたのよ。・・・助けて、って、掠れたように小さな声が」

煉獄を思わせるような業火の中心部に、まだ幼き少年がいた。
蹲る体勢で、全てのものを拒絶するように顔を伏せた幼き弟が。
しかし、涼と風が少年を見つけた時、彼―――歌麿の意識は既になかった。

「自我を失くし力の暴走。あの子に膨大な力が眠っていた事は確かだけれど、継承儀式は早すぎた証明だわ」
「そのせいで都に必要な主要人物4名が死亡、だったな。遺体もあがったと聞いているがね。・・・それで、何が言いたい?鳳来寺の汚点を今頃悔やんでいるとでも?」
「4名じゃなくてよ」
「・・・ああ、確か―――
「御母様の遺体だけが見つからなかった。どこを捜しても、骨の残骸すら見つかってはくれなかった。おかしいとは思わなくて?他の3人の遺体ははっきり残されたのよ?御母様の遺体だけが出てこなかったのよ?」
「彼女だけ骨まで焼き尽くされた―――と、まとめられたらしいな」
「そんなの嘘だわ。神門は手っ取り早く事件を収拾させたかっただけ」
確信とまでいかないが、涼には思い当たる節があるからこそ断言できるのだろう。
未だ背中しか見せてくれない彼女の肩は先程よりも若干震えており、そして意を決したようにその華奢な腕に力が込められていく。
「あの炎の中で・・・御母様に似た人が周囲の人ごみに紛れて去っていく姿を見たのよ」
あの惨事の最中だ、誰も気に留めなかったに違いない。そこに募った殆どの人間が燃え盛る業火に圧倒され、鎮火作業と都市主の救出に必死だったのだ。
その中で一人ぐらいが背中を見せても気にも留めなかった筈である。
「その事は?」
「言ったわよ!!!けれど、12歳の子供の言葉なんて誰も耳を貸さなかったわ!!母親の死を認めたくない子供が語る幻想だとまで言われたわ!!」
「だろうな。だが、今になって何故そんな事を思い出して―――
「見たからよ!」

夜風が二人の間を去っていく。
風になぜられ、赤い髪が蒼い髪が不規則な動きで揺れる。

「だが、今更10年前の事実を証明しようにも、君の記憶だけでは証拠にはなるまい」
日光の否定的な言葉を受けたからだろうか、突如、彼女が勢いを持て余すように振り向いた。その表情はどこか強張っており、必死で何かを我慢しているように見える。
「見たのよ!あの日と同じ人を!」
「あの日・・?まさか、先程の宝ヶ池でか?」
「それ以外に何があって!?でなければ、こんなにもあの日の事を思い出したりなどしなくてよ!」

宝ヶ池での戦場にて一人合流の遅れた涼は、その時に目撃したのだろう。
勿論、彼女自身にも確信めいたものはないのだろうが、10年前の光景と重なって見えたに違いない。

「あの夜去った姿と同じ恰好だったわ。・・・ヴェールで顔を隠して、口元しか見えなかった」
「君にとっては証拠はそれで充分、といった所か」
「あの日もそう、私だけが見たわ。そして今日も同じ。・・・一体、どうして」
自分の体を自分で抱きしめる。
俯き加減にらしくない気弱な声が届くも、強気な彼女が動揺を見せるのも仕方のない話だろう。
全ては、10年前のあの日から始まっている。

―――彼女を苦しめる呪縛が。
―――かつての恋人を拒絶し続ける理由がそこにある。



20




嵐が過ぎ去った後の静寂に包まれ、彼らは暗闇と同化するかのように夜風を楽しんでいた。
魔物の姿も気配も全てが一掃された今、彼らの『遊戯』は終了している。
それでも、鎌衣は楽しそうな瞳を隠せず愉悦に笑んでいた。

「ま、悪くねーんじゃねぇか?」

掌の中に収まった玉を月に翳し、その光り輝く輪郭を視線で追う。
「花嫁の体内から禁呪の力を取り出すだなんて、無茶もいい所だわ」
「顔は見られちゃいねーよ。第一、感謝してもらいてーぐらいだぜ?あのままだったらあの小娘は完全に死んでただろうからな」
「手法が強引すぎると言っているのよ」
「神楽、てめーだって見られたらしいじゃねぇか」
「あら、もう知っているのね。報告した覚えはないのだけれど?」
「アタシが教えたんだもん」
場に不似合いとも云える軽快な声が届き、その正体を確認すると神楽は少しだけ肩を竦めて見せた。
歳にしてどれくらいだろう、子供の風貌ながらも猫を思わせる耳を装着させている少女、そしてその手を繋ぐのは忍装束に身を包んだ恰幅のいい男。どうにもアンバランスな二人組みだ。
「アナタ達は、今夜は待機ではなかったかしらね?」
「暇だったからひーちゃんが連れてくきてくれたんだもん」
「またてめーは変な愛称で呼びやがって」
「ふーんだ。壬華ちゃんには関係ないもん」
「だーかーらー、下の名前で呼ぶんじゃねぇっつってるだろうが!」
「きゃはは!壬華ちゃんってばおっかしー!」
「・・・・華槻、それぐらいにしておけ」
「は〜い、ひーちゃん」
保護者のようなものだろうか、顔半分を隠した陰気な印象を受ける彼に対しては、素直に応じている華槻と呼ばれた少女。だが、時折猫耳を動かしている時点で『普通』の者ではないのだろう。
「偵察は御得意分野だもんなぁ?卑埜(ひの)よぉ?」
「・・・・・・」
「けっ、相変わらず無口野郎め」
不満そうに唾を吐き、鎌衣は禁呪の玉を懐にしまう。
「さてと、今夜はもう終わりだ。思ったよりも楽しめたしな」
「次の魔物の製造場所はどこになりそうかしらね?」
「さあな。とりあえず、明日からまたくだらん学校生活に戻るだけだ」
心底面倒臭い面持ちで溜息をつき、緑色の髪を掻きあげる。鎌衣の頬に刻まれる何かの紋章が月の光を浴びて鮮明に浮かび上がり、毒々しい何かを思わせた。
「壬華ちゃんもかぐちゃんもいーなー。アタシも学校行きたい〜」
「・・・・・華槻」
「だってひーちゃん、学校行ったら夜近様に会えるんだもん。駿河だかなんだか知らないけど、あんな女」
「面倒なだけだぜ、学校ってのはよ」
「貴方は寡黙な優等生を演じているものね、鎌衣?」
「フェロモン出しまくりの保険医には言われたくねーよ」
「大人しくしていればバレやしなくてよ。尤も、私よりも貴方の方が危険な環境だけれど」
「ほら〜!壬華ちゃんってば夜近様と同じクラスだもん!むかつく〜!」
「木を隠すには森の中っつーだろ。あいつの生活態度を観察してるだけさ。それに、真昼間から正体バラすような馬鹿な真似はしねーよ」
「・・・・・・・葛葉は」
「ぁあ?あの双子とはあんま接点ねーな。クラスが違うしよ」
「・・・・・・そうか」
感情の読み取れない瞳で卑埜の起伏のない声だけが響く。
何を思うのか、そこに何があるのか。
遊戯の終了した彼らは、バラバラに帰路についていく。




21





馴染みのない天井。
広い和室。
見覚えのあるようなないような掛け軸。
高価な壺と季節を彩る花。
飾られた二刀の真剣。
そして、視線をずらした先の全身鏡には『今』の自分の姿が映りこんでいる。


(・・・生きて、ますの・・・?)


けれども、その姿は今の彼女が望む自分ではなかった。
麗しく咲く一輪の花、それはこの世の男性の誰もを魅了するに違いない風貌。幼い顔立ちから成長した『大人の女性』。
夢で会った彼はああは言っていたものの、目に見える現実に危機は去っていないように思えてならない。

「・・・・起きたか」

布団からゆっくりと体を起こせば、無機質で平坦な声が背後から届く。
聞き慣れた声に振り返れば、縁側に繋がる障子を背に寛いでいる夜近がいる。
月詠にとっては心の準備などできている筈もない、突然の事だけにどう反応すればいいのか分からず、ただ胸の前で布団を握り締めるしかできなかった。

(夜近、様・・・)

暫らく視線が絡み合う。
だが、彼のその瞳からは何も感じ取る事ができない。
先程感じた声同様に無機質で平淡、それでいて無感情。いや、その表情こそが彼の中で動揺が生まれている証拠なのだが、今の月詠にそれを察せれた筈もないだろう。
「具合はどうだ」
「・・・え、あ、あの・・」
「見た所、特に異常はないようだな」
そう言って全体重を障子に委ね、どこか安堵したような体勢に崩れた。
「その姿で外は歩けんだろう、暫らくここで休んでいけ」
「あ、あの・・・」
「お前は宝ヶ池で保護した民間人という事になっている。禁呪の件も公表するつもりはない」
「で、ですが・・」
「お前は『特別』だ。これが俺の意思だ。都市主としての俺も同じ意思だ」
―――!」

それは。
勘違いしてもいいという事なのだろうか?
寄せてくる淡い期待を裏切りたい、けれどもどこか甘えそうになる自分を必死に抑え、彼女はただ耐える。

「・・・本来ならば、取り込んだ禁呪の力を分解させるべく医療班に処置を頼む所なんだが、お前の正体を明かせない以上はこれが最適の処置だ。悪く思わないでくれ」
「ワタクシは・・・どう、なるのでしょうか・・?」
「・・・・」
瞬間、バツが悪そうな表情で夜近の沈黙が空間を覆う。
最悪の事態を彼は熟知している。禁呪の最高権威統治者として、それはごく当然の知識なのだろう。そして月詠もまた、そんな彼の表情だけで察する。
「死に、ますの?」
「お前の扱った術の量が知れない以上は断言できん」
どうせ死ぬのだから、名家の名を汚すぐらいなら―――だからこそ、現実的な処置を手離したのだろうか。
いや、そうではあるまい。
目の前の彼からは、苦渋の選択をした表情が見て取れる。
だが、月詠は脳裏の片隅で思い出す。
夢の中で、我侭な自分が作り出した愛しい彼から聞いた言葉を。


『この世は何事も平等にできているものだ。いくつもの因果が重なれば奇跡が起こる事もあるだろう』



あの言葉もまた、自分が作り出した都合のいい存在なのだろうか。
だがそれでも、体が変化した以外に不都合はない今の体で、これから死ぬなど想像できないのが事実だ。
禁呪を取り込んだとはいえ、宝ヶ池で襲われたような肉体的苦しみや痛みが欠片も感じられないからである。
「禁呪を体内に取り込めば、それは体全体に霧のように散布され有害的物質となる。だが潔白な身体を保ってきたお前が被験者ともなれば、データ以上に凄まじく早いスピードで広がっているだろう」
「・・・・そう、ですか・・夜近様の事ですもの、ワタクシの寿命も推測してらっしゃるのでしょう・・?」
「・・・・」
「構いませんわ、仰ってくださいまし」
「・・・朝までもつかどうか、正直な所あと2時間程度だろう」
「2時間では何もできませんわね〜」
「月詠」
「あまり実感がありませんの。でも、夜近様に看取って頂けるのなら本望ですわ〜」
「月詠」
「あ、花嫁としては不適切な言葉ですわね〜。今の言葉、婆や達には内緒でお願いしますわ〜〜」
「月詠ッ!!」

夜近の怒声が響き渡る。
明るく務めていた彼女の言葉は封じられ、視線が彼方を泳いだ。

「死を覚悟した言葉など、聞きたくはない・・ッ!お前が俺の傍からいなくなるなど!」
「夜近、様・・?」
「お前は何故平気でいられる!侮辱し、傷つけ、拒絶し、果てには現実的処置すらも見離されたというのに!元々は俺が原因なのだろう!」
「夜近様を・・・憎めと仰るのですか・・?」
夜近にとっては、その方が救われただろう。
だが、夜近一筋の月詠にそんな真似などできた筈もない。
「憎んでいるのは、ワタクシ自身。こんなにも醜い心のまま花嫁の肩書きに胡坐をかいていた自分自身。ですのに、それすらも信じる事ができなかったワタクシ自身。・・・禁呪における罰則も承知の上で、夜近様を苦しめたワタクシですわ」
「・・・だが現にお前は、自分の風貌を何年も悔やんでいた。10年前は互いに子供だったから良かったのだろうが、徐々に焦っていたのも知っている」
「夜近様に相応しい女性になりたかったのですわ〜。せめて、並んで歩いて恋人だと思われるような風貌が欲しかっただけですの〜・・」

いつからだろう、月詠が子ども扱いされる事を嫌うようになったのは。
年齢に反して幼すぎる風貌を自覚したのは、いつの頃だろう。
夜近にそこまでは知れないものの、月詠の抱えている悩みは今回の事が起こるまで、ここまで根の深いものだとは思っていなかったのも事実である。

「・・・せめて、一言だけでも・・・仰って欲しかっただけですの・・」

なのに、冷たい鋭利の刃物のような視線で拒絶された。
自分の前に現れるなと、期待も希望も全てを裏切られた。
無論、彼女も今では反省しているが、今の現実が己の結果だ。
謝って済む事ではない、かといって償おうにも2時間では何もできない。それが沈黙を招くのか、月詠は夜近から視線を逸らし、成長した自分の姿が映り込む全身鏡を見やる。
自分が映るその背後に、辛そうな夜近の姿。


「・・・相応しい女性、など・・・それは、俺が決める事だろう・・・」

そして何を思うのか、夜近は重い体をゆっくりと動かし、華奢な月詠の腕をとった。
「夜近様・・?」
視線が絡み合う。
互いの意思すら絡み合わない視線が。
「どこまで効果があるかは分からんが、神門に伝わる禁呪中和術は施した。だが、お前の中に禁呪の力を感じられないほど穏やかすぎる」
古い書物や書簡から得てきた知識と月詠の現状が一致しないと言いたいのだろう。無論、宝ヶ池にて鎌衣の行った事を知らないのだから当然ではあるが。
「それは、体内に定着してしまったという事でしょうか〜・・?」
「分からない事だらけだ。この苛立ちをどこに向ければいいのかすら分からない」






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中途半端な所で続きます。
次Pで2話ラストの予定。



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