第一章・第二話『誰が為に廻る理由』
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第一章・第二話『誰が為に廻る理由』




       参 『策略』













神門の屋敷は、その広大な敷地を塀で囲われた純正日本家屋と呼ぶが正しいだろう。
塀の一部に取り込まれている正面玄関には常時数人の兵士が立っており、それを抜ければ暫らくは長い石畳が続く。その間に周囲に広がる自然の新緑風景を眺めたりもできるのだが、それは訪問者の場合のみであろう。ここに住む者の意見としては『飽きた』との事。最も、日本の四季相応に季節ごとに景色も変わるのだが、それでも住む者と来客の者とでは意見が正反対するようだ。
そして石畳の道を歩けば一番最初に正面に見えてくるのが本殿だろうか。
その左右には西殿と東殿、その奥には寝殿も見えるし少し入り組んだ脇道を潜れば蔵や別館などにも遭遇できる。
―――ともかく、この広すぎる屋敷はさすが都の全てを担う一族だ、とい事実を証明するに充分だ。
そんな屋敷も女中や都爺、そして兵士や術師など、最低でも常時80名は常勤しているらしい。この都の中心核でもある事から、一年中警備は厳重体勢である。
―――そんな屋敷・神門に月詠はその日の夕刻頃からいたのであった。
婚約者である都市主はまだ帰宅していない所をみると一人でやって来たらしいが、学校の帰路に彼女が一人で神門にやって来るのは珍しい事でもあった。夜近が生徒会の仕事で遅くなろうとも彼女は共に帰ってくるのが普通となっていたので、それを迎えた女中達も些か驚きを覚えていた。


「少し調べ物がありますの。書籍保管庫に参っても宜しいでしょうか?」


その時、何の調べ物だと聞いていれば、その後に起こる悲劇は防げたかもしれない。
女中達を含んで仕えの者達にしてみれば、主の婚約者なのだからと警戒など全くなかったのだ。それどころか、彼女が口にする事は全て主の言葉と同語、とまでに無意識の内に解釈している。
だからこそ、簡単に書庫への道を案内してはその頑丈な鍵すらも簡単に解いていた。

「後は一人で大丈夫ですわ」

案内してくれた女中に短い言葉だけを放ち、下がらせる。
その足音も遠ざかったのを確認し、月詠は本の匂いが立ち込める室内をざっと見渡した。
―――室内の広さにしてどれくらいだろうか。
書籍保管庫といっても、ここだけではない。位置的には屋敷の北西に位置するだろう、西殿近くに建てられている蔵の一部だ。昔は武器や戦闘兵器の保管庫だったらしいが、それをさらに増築させて二階部分まで造り、大量の書簡・書籍の類を保管する場所となっている。
最も、過去の歴史を綴った重要な巻物や書簡などはもっと厳密に保管された場所にあるのだが、月詠が欲しがっているのはそこまで大層なものではない。
どちらかと云えば、夜近が趣味としている『薬草調合』の部類に入るだろう。


「どこから探したものでしょう〜〜?」


目的あってやってきたものの、途方に暮れるのは当然かもしれなかった。
何せ、この蔵だけでも数百単位で保管されているだろうだからだ。そんな蔵が4棟程並んでおり、それらから一つ一つ探していくのは利口ではないのだろう。
だが、初めから予想していたのだろう、月詠は気合を入れた瞳で蔵内部へと足を踏み入れていくのだった。



















夜近が屋敷に帰宅したのは18時を少し回った頃であった。
生徒会の仕事と剣道部の主将の掛け持ちである故に多忙な半日だったと疲労の溜息をつくものの、同じ剣道部に所属しているはずの月詠の姿は何故か見当たらなかった。
部員達に彼女の所在を聞けば、今日は出席せずに帰宅したとの事だった。
恐らくはあの後―――涼達との昼食後、そのまま帰ったのだろう。夜近が剣道部に顔を出したのは15時を少し回った頃からであったし、気づくには遅すぎたようだ。

「夜近と二人で帰るのも久しぶりじゃねぇ?」
「そうだな、いつもは月詠が待ってくれているから新鮮にも感じるな」
「お?どきっとした胸をぎゅっと鷲掴みってか?」
「もし本気の返答がそれなら、困るのはお前だろうが」

相変わらずの馬鹿な思考に苦笑すれば、赤髪の親友は墓穴を掘ったとばかりに眉を顰めていた。
―――そう、いつもの4人メンバーがいつもの風景ではあったが、夜近と歌麿が二人だけで帰宅の道を辿るのは珍しかったのである。
いつもの4人メンバーに欠けるとしてもそれは密羽か歌麿であって、月詠が欠ける事はまず有得なかったからだ。
いつでも夜近の後ろをついて回るように、


『女は男の3歩後ろを下がって歩け、ですわ』


と教え込まれた教訓をここぞとばかりに発揮してくるからだ。
だからこそ、夜近が学園から解放されるのがどんなに遅かろうとも、彼女は文句一つ言わずにただ一人待ち続けている。

「あいつが部活にも顔を出してないなんて珍しいな。それよりも、夜近にも何も告げずに勝手に帰ったって事の方が珍しいけどよ」
「・・ん、あぁ、そうだな」

夜近にしてみれば、思い当たる節があるだけに曖昧な返事しか返せない。
彼にしてみれば昼間のあの茶番のような展開の誤解が解けたのかすらも定かではなく、彼女の『花嫁』という自覚を知らされ、それでも弁当を誘いに来た時はいつもの彼女に戻ってもいた。
だからこそ、彼が困惑と戸惑いの心中に漂うのも無理はないだろう。
隣からは『なんだよ、歯切れが悪ぃな』・・などという声も降ってくるのだが、相変わらず親友に対しても多くを語らない夜近なのであった。

「それより、今日は泊まっていくんだろう?」
「あぁ、そうさせてくれ。久々にお前と手合わせもしてぇしな」
「そういえば久々だな。しかし歌麿、剣と槍では張り合う箇所が違うぞ」
「あの鬼姉貴達よりかは遥かにマシだ。涼姉貴は扇舞の他に鞭まで使いやがるし、風はタロットカードと双剣だ。卑怯だっつーの!2対1で、どう足掻いたって『いい勝負』にすらなんねぇよ!つーか、いぢめだろ!?」
「いぢめではなくて生甲斐なんだろう?」
「・・・・お前、時々残酷発言を自然にかましてくれるよな・・」
「ま、うちの兵士達もツワモノ揃いだからな、暇なら修行でもしていけ」
「あと、宿題見せろ」
「どうせそれが一番の目的なんだろう?」
優秀優等生の親友を持つ事の利点はこの辺りにある。
普段は頭の切れる秀才でも、これ以上はない程に馬鹿さ加減を豪快に切り裂かれても、歌麿にとって夜近が親友で良かったと実感できる一番の一時のようだ。




「都市主様、お帰りなさいませ。鳳来寺様も、いらっしゃいませ」

兵士の構える玄関を抜けて本殿に入れば、正面両脇にずらっと並ぶ女中達が一斉に頭を下げてくれる。その中の代表がその言葉を唱え、歌麿はそんな風景にどこか爽快感を覚えているようだ。都市主ともくればその待遇も違うのだろう、『完全に王様だな、こりゃ』などと呟きながら靴を脱いではその艶やかなお出迎えの通路を進んだ。
途中で数人の女中に鞄を手渡せば、それに習って歌麿も鞄と背中の武器を一緒に渡す。
「腹はまだ減ってねーしな、軽い手合わせでもしねぇか?」
「体術か、いいだろう」
そういい、夜近の足は庭に向かっていく。当然それに続く歌麿は、軽い鼻歌を織り交ぜながらその背中を追う。
だが、本殿と西殿を繋ぐ渡殿を進んでいる頃合だろうか、正面からはやってきた一人の女中が夜近の姿を確認するなり言葉をかけていた。
「あら、都市主様。おかえりなさいませ。月詠様は既にいらっしゃっておられますよ」
「・・?月詠が来ているのか?」
初めて知った情報を聞き返せば、女中も幾分か不思議そうな顔を浮かべては返す。
「はい、夕刻頃から蔵の方にこもっておられますが」
御存知ではなかったのですか?―――とでも言いたげな表情で戸惑っている。
「歌麿、先に中庭に行っててくれ」
「あぁ、わぁった」
慌てたような発言にも歌麿は理解しているとばかりに一言返事を済まし、それを最後まで聞くでもなく夜近の足は西殿付近の蔵に向かっていくのだった。







※ ※ ※








目的の書物はなかなか見つかってはくれなかった。
それでも懸命に探すのだが、中には背の低い月詠には手が届かない場所もあるので苦労は倍増だろう。近場に適当に置かれているダンボールを積んでは乗り、手を伸ばし、それでも外れ―――というのを何十回も繰り返す。
さすがに落胆してしまうのが普通なのだろうが、彼女はそれでも諦めなかった。
少し気分を変えようと二階に上れば、天窓からは外の風と暗く染まりかけている空が垣間見える。
―――ここにこもってから3時間は経っているのだろう。
体は埃で塗れているのだろうし、髪にも幾分か蜘蛛の巣が付着しているようにも思える。決して不潔という空間ではないのだが、古い書物の保管庫だけとあって独特の匂いが立ち込めている分仕方ないだろう。
そうこうしている内に、本棚の奥にとある一冊を見つけていた。
当然どの本も背表紙が破れていたり古すぎて読めなかったりしているので『たまたま』なのだが。

「これなんか、妖しいですわね〜」

直感に従うままそれを引き抜けば、長い間触れられてもいなかったのか埃も共にごっそり姿を見せた。思わず咽るも、その表紙を見れば妖しさはますます倍増していく。
赤い筆体で大きく『禁』と書かれていたのだ。
早速中を拝見すれば、どれも薬草関係の資料のようにも思えたが―――半分ぐらい進んだ所で内容は変わっていた。


「・・っ、これですわっ」


とある薬の調合方法である。
時間が惜しいとばかりにざっと目を通すが、そういった知識には疎い月詠の事、簡単に理解などできたはずもない。
しかし、夜近が薬草調合を楽しそうに行っていたのをすぐ傍らで眺めていた事もあり、器具関係なんかは知った名前でいくつか記載されていたのが唯一の救いだろうか。
だが、薬草の名前だけはどうにも理解できないものが多すぎた。
舌を噛みそうになる程長く、おまけにカタカナなので一瞬では読みにくい。
更に、中にはたった一文字違うだけで全く別の薬草だったりと、とりあえず彼女の本音としては


「もっと分かりやすい名前にできませんでしたの?」


―――という、酷く簡単な文句だった。
それでもと、時間が経つのも忘れてその場に立ったまま『禁』の入った書物に対しての集中力は高まっていく。『禁』と示されているぐらいなのだから相当ヤバい部類の書物なのだとは思うが、彼女の『目的』の前ではそんな警告も無意味だったらしい。







※ ※ ※








西殿付近に建てられている蔵は、白い壁で覆われている。純日本をイメージさせるには充分のデザインで、それでも経つ年月には勝てないのか所々亀裂が入っているのが確認できる。
平行に並ぶ4つの棟の内、その一つの戸が開かれている蔵に足を進ませる。内部は僅かな電光も灯されており、多分彼女はここにいるらしかった。


「・・・・」


両手をズボンに突っ込みながら足を踏み入れ、古い本の匂いを満喫する。
この匂いは決して嫌いではなく、どちらかと言えば好きの部類に入るだけ安堵感すらも覚えるだろう。
そして一階部分からは何の気配を感じれず、彼の足は軋む板を踏み分けて2階に向かった。
天窓からは優しい風が迷子になり、月もあと僅かで拝める時間帯だ。


(・・・あそこか?)


2階の最奥箇所から何かの気配を感じれば、長いその足は迷うことなく進んでいく。
そして、見覚えのある後姿が本棚に隠れて徐々に見え始めた。
艶の美しい黒く長い髪。
狩衣を羽織った小柄な体。
髪には呪詛を描いたリボン。
―――しかし外界に対して完全に油断しているようで、彼の視線にも気配にも気づいていないようだ。
夜近にしてみても、気配を断っているワケでもない。至って普通に歩き、彼女の真後ろにまで移動するが、集中している書物の中身は彼女の背中に拒まれ拝見できなかった。


「・・月詠」
「ッッ、きゃぁっ!?」
「うぉっ!?」


必要以上に吃驚した声帯は酷く高音で、声をかけた夜近すらもが声を上げてしまう。
心臓音が高まり、聴診器が要らないと思える程だった。

「す、すまん、驚かせたか?」
「や、夜近様っ?あ、お帰りなさいませですわ・・っ」

慌てたように声を発し、いつものように頭を下げ、その瞬間に手に持っていた本を後ろに隠す。
当然、それに気づかない夜近ではない。
「何の本を読んでいたんだ?この辺りは薬草関連の書物だ、調べ物か?」
「は、はい、そうですの・・っ」
慌てて取り繕う月詠だが、その顔はどこか内心ヒヤヒヤしているようにも見受けられた。
しかし、月詠のその言葉を信じるならば。
彼女はこの手の知識は興味がなかったはずである。
書物とは個人の興味と関心故の完成品。その二つが成立しなければ、読む者にとっては価値のないものだ。
それを問えば、月詠は恥ずかしそうな上目遣いで声を返していた。
「夜近様の事をもっと理解したいと思いましたの。薬草とか漢方系とか、ワタクシが知れば夜近様との話題も増えますし、夜近様の好きな事をワタクシも好きになりたいと思いましたの」
「・・・そ、そう・・か・・」
直球で告白されて嬉しくないはずがなかった。
全ては自分の為なのだと微笑む少女が健気にも見えると同時に、どこかの馬鹿が言っていた『どきっとした胸をぎゅっと鷲掴み』だろう。
しかし、月詠にとっては。

―――嘘半分、本音半分。

いや、嘘の割合は8を占めている。


「で、何が知りたいんだ?聞けば教えてやるが」
「い、いえ、一人で大丈夫ですの〜」
「?独学か?」
「は、はい。夜近様もお一人で得られた知識なのですし、ワタクシだって頑張りたいですもの〜」
「・・・貸してやろうか?」
健気に加えてストレートに純情。
昼間の罪償いも混じっていたのだろう、夜近はそんな申し出を出していた。その瞬間、月詠の表情は一気に明るくなっていく。
「ただ、書物の確認はさせてくれ。中には持ち出し禁止もあるからな」
「?危険な書物がございますの〜?」
「ああ、薬草は危険と紙一重の部分が多くてな。効能や複合作業、調合次第では殺傷能力を含む薬になるものだってある。素人が手を出せば只では済まんケースが多いだろうな」
「まぁ、怖いですわねぇ〜」

のほほ〜〜んと日向ぼっこをしているかのような笑みは、果たして本当に理解しているのか。

「月詠、後ろに隠した本を見せてくれないか」
「・・、え」
「俺の存在にも気づかず外界への集中を断ってまで読み更けていただろう、気にならないと言ったら嘘になる」
それは、ちょっとした嫉妬心なのだろうか―――
少しの嬉しさを感じながら、月詠は両手を後ろに隠したままで本棚から別の本を探り当て、それを渡す。当然、『禁』の書かれた書物の存在を隠す為である。適当な本を渡すと同時に、欲しかった一冊を狩衣の袖口の中に入れていた。
動き的に不自然でもなかったのだろう、夜近は手渡された一冊を確認するだけで月詠のその行動には気づかなかった。

「・・・お前、こんな本が好きなのか?」
「え?あ、あの、何かおかしいでしょうか〜?」
「いや・・。月詠の事だから、媚薬系だとばかり思っていたんだが―――
「??」
「・・・プロテインを作りたいのか?」

プロテイナーゼ、つまりは蜜白質についての資料書物だった。

















案内された部屋は、月詠にとっても珍しい場所ではなかった。彼が趣味に興じる時にはいつだって一緒に過ごしてきた一室だったからだ。
間取りにして15畳程度だろうか、壁際には所狭しとばかりに小さな口がついた収容棚がずらっと並んでいた。
中身を提示する為だろう、その一つ一つに名前の記されたシールが小さくも貼ってある。
窓越しにはちょっとした調合スペースなんかもあり、色んな機材が机の上に置かれていた。

「季節的に手に入らないものを除けば、大概の薬草は揃ってる。勝手に使ってくれて構わんが、取り扱いには充分注意してくれ」
「はいっ、ありがとうございますですわ、夜近様」

偽りの書物を(マッチョになりたいと誤解されたままだが)大事そうに抱え、月詠は喜んだ。
夜近にとって大事な一室の使用許可を得られた事もそうだが、まさかこうも簡単に『目的』に近づけるとは思っていなかったのだ。構想としては、必要な薬草を自分の足で調達しようと思っていたぐらいだ、相当有難いらしい。

「その、それとだ、月詠―――

なんでしょうか?と上目遣いの視線を絡ませれば、彼女は不思議そうな顔で見つめ返してきた。それを受ける夜近は、少しの照れすらも隠せなかったのか思わず視線を逸らしてしまった。

「その、なんだ―――・・・昼間の、事なんだが・・・」
「??」
「あれは、誤解だからな。悪者にしてくれるのは一向に構わんが、勝手な憶測で曲解だけはしてくれるな」
「あぁ、涼ちゃんを組み敷いていた事でしょうか?」
「だ、だから誤解だと!」
「ふふ、おかしな夜近様♥曲がり角でぶつかっただけだとお聞きしましたわ」
それを聞けば胸を撫で下ろす材料としては充分で、夜近としてもようやく安堵を覚えられた。ここにきてようやく、一日の頭痛から解放されたといった所だろう。
それに繋ぐようにして、月詠が更に訊ね返す。
「夜近様、もしワタクシが―――
「?なんだ?」
「ワタクシが、涼ちゃんみたく綺麗な女性でしたら?」


あの瞬間の光景は今でも鮮明に覚えている。
歳相応にお似合いの恋人だと思えた二人の風貌。だからこそ、あの組み敷いた体勢も不自然ではないと思えた。
だからこそ、月詠の策略は今こうやって行動に出ている。


「お前が成長したら、物凄く美人になるんだろうな。俺には勿体無いさ」


あやす様に撫でるようにその小さな背丈の髪に触れ、夜近は優しく微笑んでいた。嫉妬心と執着心を含んだ心中は、月詠に伝わる事はないのだろう。
それでも先を促すような視線を投げかけられ、夜近は自分の声で繋いだ。

「ロリコンと囁かれようが女の敵と呼ばれようが、お前がお前らしくいてくれればそれでいい」
「夜近、様・・?」

繊細に逞しく大きな手は、彼女の頬に触れる。
まるでその線を描くように、ここにいる事を確かめるように、その視線すらも酷く綺麗だった。
「大和撫子は、自ら組み敷かれたいなどと白昼堂々叫ばんぞ?」
「ですけどっ、」
「少しは俺を信用してくれないか。俺はお前を花嫁に選んだんだ、お前以外の女を選ぶ気は毛頭ない」






―――きっとそれが。

夜近にできる唯一の言葉だった。

















「・・うっわ、赤い馬鹿が庭にいる」

突如として乱入してきた声に振り向けば、そこには黄色い髪を見せ付ける少年が立っていた。
隠密の格好をしている事から仕事関係でやって来たのだろうが、それでも開口一番のそのセリフは歌麿にとって腹正しいセリフ以外の何物でもなかっただろう。
「お前な、そういう名称はやめろっつってんだろ」
「馬鹿に馬鹿っつって何が悪いのさ。馬鹿は馬鹿らしく、社会の底辺で転がってなよ」
高飛車な言葉に傲慢な態度。
相変わらずのアイドル発言は結構だが、どうにも嫌われているようだと自覚したのは今更ではない。最も、嫌われようが好かれようが大して気にしない性格が幸いかもしれなかったが。
「呉羽、お前なぁっ!」
「ったく、アイドルのこの僕と会話できるだけでも幸せだと思いなよね」
庭で素振りでもしていたのだろう、そんな歌麿を縁側から見下す視線満載の呉羽である。
腰に両手をやり、その視線は突き刺すように冷たい。


「・・あぁ、呉羽。呼び出して悪いな」


そんな頃に、マイペースな主は姿を見せていた。
どこから見ていたのかは知らないが、その顔には笑いをかみ殺すような仕草も見える。
「このアイドルを呼び出すってんだから、それなりの理由なんだろうね?」
「あぁ、勿論だとも。ちょっとした偵察に向かってもらいたくてな」


―――日々増え続ける魔物の存在。
それらを完全に把握できていないのが現状だという事実は否めなかった。
その魔物がどこから現れるのか、と問えば、答えは複数に分裂するだろう。
まず一つは、この都を包み守護する要である四方結界から生じた亀裂。結界とは早い話、次元を支配した魔術だ―――その次元が何らかの形にせよ異常がみられるなら、そこから別の次元が生じて魔物はそこから出現する、という説得力も充分通じるだろう。
そして一つは、地脈の歪みが関係した現象。これは都そのものを証明する基盤だ。神社仏閣も結界も、この地脈あってこその象徴と呼んでもいい。要するに、森羅万象全ての源はこの地脈にある。
しかし、地脈そのものを修復するなどといった大規模な作業は現段階では不可能な話だ。何故かと問えば、地脈の上には既に都が存在し、陽と陰を均等に支える結界があり、更に守護結界で覆われているからだ。部分的な地脈の修復は可能だろうが、それでも都のバランスが崩れれば話は戻るだけである。


「ともかく、四方守護結界に異常がないか偵察してきてもらいたい」
「四方守護っつったら、四神の封印されてる祠に行けってコト?」
「ああ、異常がなければそれでいいんだ」

都を包む四方守護結界は、四神と呼ばれる未知の存在を封印する事でその効力を満たしている。
北に玄武。
南に朱雀。
西に青龍。
東に白虎。
それら四神を祠に封印し、祀っているのである。

「一人で4つも回れって言うつもりじゃないよね?」
「案ずるな、南は風が行っている」
「は?風姉貴がか?」
そこで会話に入る歌麿は、突然出てきた身内の名前に驚いているようだ。
「あぁ、人手が足りなくてな。風が追っかけしてる・・あ〜、なんといったか、変な名前のバンドがあっただろう、その限定ライブチケットをやったら見たこともないような笑顔で承諾してくれたな」
「・・あのチケット、夜近からの手回し品だったのかよ・・・」
朝から頻りに機嫌のいい風は、傍から見ればただの紙切れでしかないライブチケットを大事そうに支えては踊ってすらいた。そんな蓬莱寺家・朝の風景が脳裏に思い起こされ、歌麿は少しげっそりしているようだ。
「じゃぁ何?南以外の場所は一人でやれってコトなわけ?」
どこか不満気の呉羽に向かう夜近は、怯むでもなく余裕の笑みで―――どちらかと言えば何かを企む笑みに近い―――呉羽を見やった。
「呉羽、世間のアイドルがいつでも輝いている理由を知っているか?」
「?なにさ、それ」
その単語に呉羽が食いつけば、あとは夜近の思うがままであろう。
「人並みならぬ努力を常にしているからこそ、アイドルは光り輝くものだ。優雅に見える白鳥も、水面下では想像以上の努力と苦労をしているのだ。―――だからこそ、努力を人に見せては価値などないだろう。ふ、美しい白鳥になりたいとは思わないか?」
「この僕にこそ相応しいよね!世界は美しい僕だけを見てればいいんだよ!―――じゃぁ都市主様っ、いい結果を待ってなよね!」

意気揚々と走り去っていく背中を視線だけで追う二人は、暫し沈黙があった。
夜近は縁側の柱に肩肘で頭を支えているし、歌麿は脱力感に塗れた姿勢で嵐の過ぎ去った感覚を味わっている。

「・・いいのかよ、夜近」
「あいつが強請ると言ったら『世界が欲しい』とか言いそうだからな。意欲を出してくれるなら嘘でもなんでもついてやるさ」





















駿河の屋敷の門には神門からの兵士が警備にあたっているのだが、入門チェックというのは然程厳しくはない。
この門を潜るのは駿河の者―――月詠と日光だ―――ぐらいのもので、来客があっても大概が見知った者だからである。中には日光が剣道指南役を請け負っている生徒達の姿もあるのだが、彼らはそれなりの入門書というのを提示している。
だからこそ、平和な一角でもあった。
彼女もそんな一人で、神門家のように厳しいチェックを受けるでもなく顔パスだけであっさり中に入ることが出来た。


「日光、御飯食べに行かなくて?」


御門家と似たような構造の屋敷だが、敷地面積的には劣る。内部には神社も組み込まれているのだが、巫女や神主がいるわけでもなかった。
その辺りは駿河当主の方針だろう、昼行灯の姿勢を貫き通しているらしい。
やりたいようにやる、というのが彼のモットーらしく、それ以上に神門家に従うのが更々嫌なのだろう。
この時間、彼は別館修行道場で帰った生徒達の後片付けをしており、彼女が声をかけた背中は少し怠慢に満ちていた。
突然やって来た女王様に振り向くでもなく、竹刀の割れ目を確認しては壁に直していく。
「弟や妹を放っていいのかい?」
「二人とも、今夜は留守なの。このアタシがわざわざ誘いに来てやってるんだから、有難く受け取ってはどう?」
君は相変わらずだな―――そんな苦笑が見えるが、振り返って見つめた女王様は昼間の事も忘れているかのようにいつもの態度だ。
別館の戸から外の空気を吸えば、夜風の清清しさが迎えてくれる。空を見やれば月が出ており、時間的には20時すぎだろう。
「俺の驕りになるのかい?」
「当たり前。昼間のキスの支払いにしては安すぎるのではなくて?」
「そうだな、殴られなかっただけでも良しとするか」
微妙な関係性で成り立つ二人にとっては今更なのかもしれない。
通常ならば、余程の理由がない限りは進んで会おうなどとは思わないのだろうし、日光にしてみてもその可能性で考えていた。
「あぁ、月詠ちゃんがいるからアタシは邪魔かしら?」
「いや、そんな事はないがね。・・月詠は、帰ってから部屋に閉じこもっているのだ。何かの本を懸命に読んでたが」
「素敵な恋愛小説でも見つけたのかしら」
「いや、あれは―――

ふと、遠くを見やる視線で考え込めば、少しの沈黙。
その先の言葉を迷っているのか、そのすぐ後に彼は『何でもない』といつもの顔に戻っていく。
あの分厚く古い冊子、手に抱えていた幾多もの薬草。
何をしようとしているのか知りたい所ではあるのだが、まだ踏み込む理由がない。

「読書に耽るのは時間が余っている証拠だ。いい事だと思ってな」
「夜近との接触がそこにはないから、って事かしら?」

その本の知識を得るのが夜近の為だとは考えないのだろうか―――涼は目の前の向上精神満載の男に呆れた視線を投げかけてやるのだった。
いや、日光はそれを否定したいからこそ、踏み込まないのだろう。どんな欠片にせよ、妹の些細な行動からでもあの男の面影を見つけてしまえば許せなくなる。
「相変わらずなのはアンタの方ではなくて?いい加減認めてあげたら月詠ちゃんも喜ぶと思うのだけれど」
「大事な妹を、はいそうですかと猫じゃあるまいし」
ゆっくりとした足取りで涼の正面まで移動すれば、その細い腕を掴んでいた。視線が絡むが、二人の背丈を中心に見れば結構お似合いの風貌だと誰もが賛美するに違いない。

「・・昼間の事は?」
「要らない事は忘れる主義でしてよ」
「だったら、キスの事も忘れてくれたまえ」

掴まれた腕を強引に弾けば、伏せ目がちに笑む彼の顔が見えた。


「・・そうやって、また逃がすのね」


望んだ展開と判断と、気に食わない苛立ち。
曖昧で中途半端で微妙。
どんな瀬戸際のラインを楽しめる程の余裕が、果たしてあるのだろうか。


「白川通に、美味しいパスタの店があってよ。造形美大の近くなんだけれど。それとも、宝ヶ池のフォルクスの方がいいかしら?」
「そうだな、今は何となく肉を食べたい気分だよ」
じゃぁフォルクスで決まりね、そんなアイコンタクトをかわせば涼は納得したように足を翻した。どちらの店にしても左京区の北部内にある、この駿河の管轄内でもある事からそう遠くない。
月詠に声をかけてくるから待っていてくれと、日光はその足を本殿内向かって足を進ませ、とりあえず涼もそれに続いていく。
軋む廊下は老朽しているワケでもなく、雅な雰囲気で満たされている。
視界をずらせば庭の景色が見事に映え、神門家とはまた違った空間が広がっていく。
池と池とを繋ぐ小さな小島にはささやかな花が小さな主張を語っているし、石燈篭なんかも風水に従って設置されている。
普段から呉服を私服として着用する日光の事だ、この辺りも彼の好みなのかもしれない。
最も、手入れなんかは女中達に任せているのだろうが。


「・・・何、この匂い?」


屋敷の構造は書院造となっており、その主要な建物が寝殿(南殿)だ。
中央にあって主人が居住し、主に儀式や行事を行う場所でもある。別名は正殿とも呼ぶのだが、ともかく日光や月詠の私室はそこに組み込まれている。
そこに一歩踏み入れるなり異様な匂いが僅かに感じ取られ、それを口にしたのは涼だった。
酷く臭い、というワケではないが、心地よい匂いでもない。
若干の酸っぱさを残した異臭とでも呼べばいいのだろうか。

「・・月詠の部屋からか?」

さすがの日光も眉をしかめ、心なしか足も速度を上げていた。
近づけば近づくほど、異臭は形を変えて甘ったるいものに変化していく。
嫌な予感とは大概が当たるものだ、日光が所在も確認せずにその襖を開ければ。



―――そこには、無残に脱ぎ散らかした妹の着物だけが畳の上で寝ているだけだった。














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