第一章・第二話『誰が為に廻る理由』
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       四 『模索』



















『それ』が現実的に存在しうる物なのか、実際の所は夢話でしかなかった。
だが現に彼女は、『それ』を信じていた。
きっとあるのだろうと、この世に存在するのだと、半信半疑ながらも信じていた。
そう、自分達が継いだ力ですら非現実的なのだから、『それ』があってもおかしくはないと確信すらしていた。
『それ』を本気で探そうと思ったのは、きっと昼間の光景のせいだろう事は否めない。今までも『それ』が欲しいと思った事はあったが、ここまで行動に出る事はなかったのだから。

それはただ、純粋が故の真っ直ぐな心が生んだのだ。
例え何かを歪ませようと、それは正しいのだと。
そして神門家にて『それ』に関する書物を見つけた時、運がいいと本気で神に感謝すらした。
最愛の婚約者に嘘がばれる事もなかったし、全ては彼女の展開どおりに動いている。
罪悪感など欠片もあったはずもなく、そして彼女は現実に『それ』を作ってしまった。



『成長促進薬』



極めて危険性の高い物質だとの記載もあったが、彼女の目にはそのようなものは必要なかった。
ただ、年齢相応の女性というスタイルが欲しかった。
この容姿が、彼との壁を作る。
その壁は決して壊れてはくれないから、だから禁呪に縋ってでも望んだ。


―――そして、手に入れた。



「・・これが、ワタクシですの・・?」



自室内に置かれている全身境を覗き込めば、自分ではない姿がそこにはあった。
凛と光る瞳は魅力的で、艶のある黒い髪が成長したその顔を飾る。
髪も幾分かは伸びたようで、その手足すらも細く綺麗に整った。
童顔には程遠く、誰もが美しい女性と囁くに違いないだろう風貌。
そこに大和撫子という要素があれば、それ以上に可憐で雅な花というイメージがついた。
一気に変身したせいか体中の痛みはあったものの、彼女にしてみれば目的完遂という充実感に満たされているようだ。
30センチという差も、きっと埋まった事だろう。
普段から着用している着物は結構大きめのサイズで着用していた為か、あまり違和感はなかった。しかし、それでも肩の関節なんかの着合わせなんかがズレたりすると体には悪い。だから、その雅な着物をさっさと脱いでは畳む事も忘れてこの体に合う着物で身を包んだ。
金色の蝶が描かれた刺繍は酷く艶やかで、いや、今の彼女の風貌にはこれ以上ない程に似合っている。まるで一昔前の高貴なお姫様のようで、それなりに化粧もすれば楊貴妃にすら並ぶ三大美女になるかもしれない。


「これで夜近様に認めてもらえますわ〜」


そう思えば早いもので、即日実行という思考が彼女を占めていた。
脱ぎ散らかした服を気にするでもなく、ただそこに転がっている残骸にも似た着物に目をくれるでもなく。彼女の足は駿河の門を抜け―――門番の兵士に不審な顔をされたものの―――急く心を抑えるように、麗しい女性に変貌した月詠は顔中に広がる綻びを抑えることは出来なかった。
そう、これで最愛の方に近づく事ができると。
これでようやく、どこにいても婚約者として認めてもらえると。




ただ、この喜びを早く伝えたかった。










※ ※ ※












「・・・・やれやれ。おかしいとは思ったんだよ」


そう呟く日光は、鞘に収めた真剣を杖のように扱い座り込んでいた。
彼がベンチとして座っているのは一匹の大型の魔物で、不気味な血飛沫が一面に広がっている。
白川通りを北に抜け、途中の花園橋も過ぎれば目的の店が左手に見えてくるはずだった。
牛を模(かたど)った鉄板の上に、食欲をそそってくれる肉。サイドメニューとしてサラダバーやドリンクバーなんかも設置しており、少し高級なファミリー向けの店と呼んで支障はないだろう。
その『フォルクス』が視界に見え初めて間もない頃だろうか、彼の腰に挿された真剣はその鞘を抜いていたのである。

「涼、知っていたのかい?」
「何の事かしら?」
「これも、昼間の代金というワケか。体(てい)よく利用されてしまったな」
「安売りはしない主義でしてよ。今回はアタシの方が一枚上手だったわね」

満足そうに女王様スマイルをくべれば、日光は『逆らえない』とばかりに苦笑をもらしていた。間接的とはいえ、神門の仕事を手伝ってしまったのだ。
たまたま人通りが少なかったのが幸いか、被害は殆ど与えられずに退魔作業は終了したものの、日光はまだ魔物の上で寛いでいる。
喉の奥から唸り声が届くが、致命的ダメージは充分与えている。尚更襲う真似などはできまい。
北部に在勤している神門の兵士達が交通規制をしてくれているので、暴れてくれても問題はないが。
「とりあえず、こいつの情報を仕入れるのが先かしらね」
「魔物のDNAなんてどれも同じだろう」
「細胞の組織構成は違うのではなくて?こんなに大型ならば知能は低いだろうし、種族的な情報も欲しい所だわ」
「まさか、フォルクスはこいつらの肉を出してるんじゃないだろうね?」
「アンタ、訴えられてよ」
至って無関心な態度で呟けば、女王様からお怒りの声が届く。
―――当然だが。

「・・で、神門の連中はいつ着くんだい?」
「そうね、転移方陣使って来るとか言ってたから、もう少ししたら来るんじゃなくて?」
「どちらにせよ、報告に行かねばならんのか」
「当然でしてよ。アンタも少しは顔を出したらどうなの?」

煙草に火をつければ、それがきっと『知っているだろうに』とでも言いたげな返事だったのだろう。
神門家とは極力接触を避けている日光、当然夜近と会いたくないからだ。大事な妹を自分の懐から奪った略奪者、というレッテルはもう12年も維持しているのである。
普通ならば諦めて折れるものだが、日光の執着心は尋常ではない事を彼女も充分承知している。だからこそ、こうやって方便でも使わねば連れ出すことすら出来なかったのだろう。
無論、彼女の目的は『昼間の未納金』という口実なのだが。
だが、妹溺愛の兄はどこか呆けたような表情で煙草を吹かすだけだった。神門の仕事云々を後悔しているでもなく、思考に耽ているような目だ。
「月詠ちゃんなら、夜には帰ってくるのではなくて?」
「着物を脱ぎ散らかすなど、そんな教育を与えた覚えはないのだよ」

花嫁として、駿河の女として、大和撫子として。
その求め得る全ての躾(しつけ)を受け入れてきた月詠だ、日光が不審になるのも無理はなかった。当然、何かあったのだろうかと心配にもなるというものだ。
「黙って出て行くような子ではない。それに、あの匂いも―――
「日光の事だから、大方察しがついているのでしょう?」
「・・・・」
「黙っているのが優しさとは思わなくてよ」


見て見ぬ振りも、察しがついていてもそれを言葉にするのは今更抵抗がある。
決定的な憶測は正しい判断だと知っていても、一度口に出してしまえば真実になってしまう。




「・・恐らく、禁呪に手を出したんだろう」













その晩、神門家は慌しかった。
魔物出現地の特定を急いでいたからだ。
無論、その中心を指揮取るのは都市主である。
昼間の情けなさなど欠片も見せず、透き通るような厳しさを見せ付けていた。

「第二部隊は出兵の準備を整えろ。術師は白川通りで捕獲した魔物の分析を急ぐと共に特定場所を絞り込め」

その身を戦闘衣装で包み、何処から見ても威厳ある指揮官である。
場所は謁見の間沿いの縁側付近、広大な庭には幾多もの部下達が命令を聞くなり各々行動に移していく。
都爺、術師、兵隊長。
今夜も行われるだろう仕置きの時間は、今夜も寝不足を確定させるに充分だ。
昼寝を好む夜近の事、それについては溜息が漏れるものの、都市主としての務めが当然優先である。
その腰に真剣を挿し、もう暫しすれば場所の特定を含んだ報告が聞けるはずだ。
具合のいい事に今夜は歌麿もこの屋敷にいるし、密羽に連絡を通せば戦士の合流は早く済むだろう。ただ、駿河家に向かった御者だけが未だに帰ってこず、先程受けた連絡では留守との事。
北白川にて出現した魔物討伐に涼と日光が居合わせている事は知っていたが、月詠と連絡が取れないとなると話も変わってくる。そう、力の覚醒にはまだ遠くても、戦士の一人として必要な戦力だからだ。

「心当たりねぇのかよ?」
「監視をつけてるワケじゃない。夕刻以降、てっきり自分の屋敷に戻ったものだと思っていたんだが」
同じく戦闘衣装で身を包む親友は、武器である槍を自在に操っては体操なんかをしている。
肩を半分出したような服装は『わんぱく』というイメージを固定させるが、間違ってはいないようだ。
「どうすんだよ?接近戦をお前一人で担えるってんなら別にいいんじゃねぇ?」
「相手の情報を聞いたか?大型種族に値する魔物だ、死角は多くとも力圧的にはこちらが不利だ。素早さと機動力で攻めるなら、月詠が必要だろう。魔物連中の数もまだ報告に出ていないしな、恐らくは現地で情報収集になる」
「行き当たりばったりじゃねぇか」
「仕方なかろう。初めから全てを知っていたら、戦士など必要ないだろう?」
現在の都戦士は夜近達4名、それに加えて呉羽・涼・風、ついでに日光の合計8名である。無論、日光は神門家に対する態度から『戦士』とは認められてはいないのだが。
ただ単に、その都度神門家が駿河当主に協力要請を願っているのである。
そして呉羽は隠密なので戦闘に加わる事はない。残るは涼と風の姉妹だが、風は現在別任務に就いており、呼び戻すにしても時間がかかりすぎるだろう。
「涼はいいとしても、日光殿が素直に頷いてくれるかどうか」
「得意の悪役でも演じりゃいいじゃねぇか」
「必要以上に株を下げる真似をしなくてもいいだろう。ただでさえ、嫌われてるんだからな」
「じゃぁよ、月詠との婚約関係をなくせばいいじゃねぇか。そしたら日光も協力関係を結んでくれるんじゃねぇ?」
「婚約解消だと?馬鹿な事を言うな。例え家柄の繋がりの為とはいえ、俺がそう簡単に月詠を手離すとでも」
「ま、できてたら苦労してないわな」
・・・別の意味での苦労は盛り沢山だがな・・

軽い眩暈を覚えれば、婚約者の姿が容易に思い浮かぶ。
大胆不敵に積極的過ぎる大和撫子―――と称するのが一番近い表現方法だと、今更確認してしまう夜近であった。


「・・・おい、夜近」
「あぁ」

庭の茂みの奥から感じた気配に一瞬緊張感を巡らせてしまうのは、戦士としての体質だろうか。
報告の御者ならば正門から屋敷に入ってくるだろうし、その可能性はない。
どこからか忍び込んだ猫かもしれないが、それにしては大きすぎる気配だ。
当然、その結果判断材料は『不審者』として切り替わっていた。
歌麿は夜近を守るようにしてその槍を構え、その奥から夜近の声が唱えられていく。


「・・・そこの者、出て来い」


簡素に必要最小限の言葉は、いかにも夜近らしかった。
その声に観念したらしい気配は、眠りに就きかけている茂みを起こし、ガサガサと音を鳴らしては二人にその姿を見せつける。
上空には月が見え、辺りは暗闇でも屋敷から漏れる光源で尚美しく映えた。
一歩ずつその輪郭を露にしていけば、顔の表情も徐々に確認できる。


「夜近様―――


透き通るように美しい声帯が、彼の名前を唱えた。
距離的には数メートルか、縁側廊下から二人はその女性を暫し見つめていた。


「・・初対面の女性に名前で呼ばれる覚えはないのだがね」


一瞬、その美貌に魅了されてしまったのだろう。
夜近の反応が若干遅れた。
だがその次の瞬間にはいつもの都市主の表情に戻り、義務的発言で彼女に向かう。

「何処の何方(どなた)かは存知得ぬが、夜更けにこのような場所で迷子とも考えにくい話。曲者としてひっ捕らえられたくなければ、早々に立ち去るが宜しかろう」

艶の美しい黒い髪にはリボンが巻かれ、後頭部二箇所にお団子を結っている。
身長はどれぐらいだろう、夜近より数センチ低い程度で、美しく映える美貌の中にも幼さは残っており年齢的にも同年代だと思われる。
艶やかな着物が更に彼女を引き立てているのか、どこの貴族だろうかと頭の中だけで探してみるが検討もつかないのが本音だ。

「夜近様、ワタクシですわ〜」
「申し訳ないが、俺には初面識としか思えないのですがね。・・・俺の婚約者に似せた風貌には少々驚きましたが」

何処の誰かも知らない女性に一瞬でも魅了されたと、あの『彼女』が知ればただ事では済まされないだろう。勝手に自己弁明をしては保身に走ってしまう辺り、夜近も弱いと見える。

「ですから、ワタクシは月詠ですわ〜」
「・・・・あいつの名前を語るだけの覚悟がおありか?」

凛とした殺気。
いくら可憐で美しい女性といえども、その発言は夜近にとって許せるものではない。
自分の婚約者を語る不届き者という認識に変わった今、彼の表情すら険しく変化していく。だがそれでも、目の前の女性は頑固として譲らず、その距離も徐々に近づいてくる。
猫のように丸く穢れのない瞳に、蒼い髪を結った都市主が厳しい表情で映りこむ。
金色の蝶がそこで舞っているかのような刺繍の着物は、確かに雅で艶やかだ。月詠もこの系統の着物をよく着用しているのを知っている。
暗闇ではよく見えなかったが、髪に結ったリボンも呪詛が描かれているように見える。
口調も然り、ここまで真似する事に何の意味があるのかなど、夜近にその真相が知れたはずもないだろう。

「夜近様、ワタクシですの。薬で成長しましたの」
「くす・・・・・・、何・・?」
「夕刻頃お会いしましたでしょう?その時、この薬の調合方法を探してましたの」
「・・馬鹿な事を言うものではない。その手の薬は禁呪として指定されている。俺の許可もなしにそう易々と知れるなど―――

―――否定できたはずだった。
夕刻頃、あの蔵の中で見た不自然な動きが、脳裏に思い出されていたのだ。
何かを隠すように、忍ぶように、まるで自分に知られたくないとばかりに一人で勝手な行動に出ていた。

「ワタクシが本物という証拠なら、このリボンでは駄目でしょうか〜?」

しゅるっ と右側のお団子からリボンを解けば、少しだけ黒髪が淫らに揺れた。
不審な面持ちでそれを受け取り、眺め、確認すれば。
「覚えておられます?昔、夜近様に頂いたプレゼントですの。毎日つけてますし、これが一番のトレードマークと思うのですけれど〜」
喜びを押し殺しているのか、急く気持ちを必死で止めているらしい『彼女』。
ただ早く、正体を理解してこの姿を認めてもらいたい、その展開に心が躍っている。


喜んでくれる。
笑ってくれる。
そう、信じていた。


―――だが。


「・・・帰れ」


厳しい冷気を含む殺気が彼女を突き刺していた。
一瞬たじろぎ怯えてしまうのも無理はなかったかもしれないが、月詠の中の『希望』という展開が一瞬にして崩れた瞬間でもあった。
その瞳は確かに都市主としての無機質なもので、決して『花嫁』に向けられたものではない。いや、都市主を通して花嫁を見ている夜近という姿なのかもしれないが、いつも見てきた瞳ではない。
「やこ―――
「聞こえなかったのか。殴られたくなければ帰れ」
「おい夜近っ、こいつ、本当に月詠なのかっ!?」
「話は後だ、歌麿。―――元の姿に戻るまで、俺の前に現れるな」
隣で驚愕の渦中を彷徨う親友を制し、夜近はその瞳を維持し続けている。汚物を見るような、ではないが、気に食わない要素が酷く現れている。当然、月詠に理解できたはずもない。
「夜近様、どうして―――
「薬の効果の持続時間は」
「わ、わかりません・・」
「俺を騙したのか」
「や、夜近様・・?」
「ふ、蔵の中で喜んでいたのは俺だけか」

自分との接点を増やしたいと、同じ知識が欲しいと、あの蔵の中で聞いた可愛い我侭。
だが結局は、そんなものは嘘だった。
自己欲の為だけに彼女は禁呪に手を出し、嬉しそうにそれを都市主に見せ、それでも許されると思っている。


「何故、喜んで下さらないのですか?」


夜近は答えない。
ただその眼光を酷く曇らせては厳しく変化するばかりで、彼女の求める言葉などは持っていない。
嘘と偽りと私欲と願望と真実。

静かに重い空気が流れる中、視界の外から多数の足音が届いてくる。
恐らくは報告に来た兵士や都爺達だろう。
視線だけをずらしては、目の前の彼女にもそれがアイコンタクトと知れたはずだ。
そう、今ならまだ夜近と月詠間だけの遣り取りで済む話なのだ。神門の者達にこれの真相が知られては、重大な問題として発展するのは明白だろう。
最悪の場合、花嫁資格の剥奪は免れない。

「あの、これから仕置きに参られるのでしたら、ワタクシも―――
「要らん。邪魔になるだけだ」

都の戦士としての必要性。
それは仕置きに対して絶対に参戦するべきだという提言はないが、夜近はいつでも結果を残せる体制を整えている。魔物との戦いは決して楽なものではなく、だからこそ犠牲者を出すぐらいならば増員でフォローするというものだ。
前線に配置されるのは『都の戦士』であり、兵士や術師はその援護と称した方が正しい。
だが、それでも夜近が月詠を拒絶した理由がそこにはある。
言葉数の少ない彼の事、麗しい美女に変貌した彼女にその気遣いが知れた筈もなかった。

―――都市主様、報告を・・・・・・、?御客人でございましたか、申し訳ありませぬ」
「いや、駿河からの御者だ。今夜は月詠の都合が悪いらしい」
都爺を先頭に、その後ろを数人の兵士と術師が続いている。
夜近と向き合うようにして庭に佇んでいる女性を目にすれば、すかさず夜近が平然とその言葉を語った。
無論、その嘘は信憑性が非常に強く、信じるに容易い。逆を言えば、この女性があの月詠などと誰が信じようか。 あの童顔の彼女に仕える駿河の者、と語られても誰もがきっとそれを信じに違いない。
その客観的材料と事実を利用した言動は一番効果的な判断だった事だろう。
例え、目の前の月詠本人を傷つけたとしても。

「左様で御座いますか。月詠様が来られないとなると、少々厳しくなるかもしれませぬな」
「場所は掴めたのか?」
「御意。左京区宝ヶ池にて魔物の出現瘴気を感知致しました」
都爺の後から術師が言葉を繋げれば、夜近は少し考え込むような仕草を見せた。
きっと、今夜の戦略について思考を巡らせているのだろう。
同時に、それは月詠の一件について完全に手放した態度という証明でもある。
「白川にて捕獲した魔物の分析は済んだか?」
「御意に御座います。風属性の大型獣、これまでに見た事のないタイプですので新手の出現かと思われます」
「これまでのデータを照合して判明できた事は?」
「低知能の大型獣、しかし力技には優れた魔物でしょうな。獰猛の類かと」
「ならば、同じ土俵での勝負は不利だな。術師を編成、直ちに出兵させろ」
「仰せのままに」

一礼だけして去っていく仕え達の後ろ姿を眺め、思い出したかのように庭を振り返ってみれば。
―――そこにはもう、彼女の姿はどこにもなかった。
そして何故か、赤い親友の姿も。


「・・・何故、こんな事をした・・・」


顔中の筋肉が引きつり、苦渋の表情が自分でも分かった。
それでも、吐いてしまった呟きは苦悩に満ちている。
怒りで頭に血が上っているワケではない。
豹変した姿が気入らないワケではない。
禁呪に手を出してまで、彼女は自分に縋っている。

ただの成長促進薬ならば、ここまで嫌悪になどなったりはしなかっただろう。
―――禁呪の恐ろしさを、彼女は知らないのだ。




※ ※ ※




誰もが美しいと賛美し、きっとそれは『美女』の類に相当するだろう風貌は、街中の男ならず同性までもを振りかえらせていた。
だが、今の彼女にとっては邪魔なのだろう、どうにか早く誰の目にも触れない場所に辿り着きたかった。

「おいっ、月詠!」

そんな彼女を追ってきたのは、歌麿だった。
召集命令が発令されている今、神門家から離れていいのかと問うべきなのだろうが月詠は足を立ち止まらせていく。
「・・・・麿、ちゃん・・」
「お前、本当に月詠なんだな?」
やはり俄かには信じられないのだろう、彼はまだ戸惑っている。まぁ無理もないだろう、あの小さな童顔を見せていた月詠がいきなり成長した姿を見せたのだ。
「夜近様は・・・」
もしかしたら、夜近も追ってきてくれているのかもしれないという期待があった。いや、追ってきてくれなくとも、彼に何かしら伝言でも伝えているのかもしれないと。
無論、そのような淡い期待は一瞬で消えていく。
「夜近の奴、不器用だからさ。そんな落ち込むなよ」
「そんな事を言う為に追ってきましたの?・・落ち込んでなど、いませんわ」
まるでムキに意地を張る子供のようで、口が言葉を放ってから自己嫌悪に陥っていく。
しかし歌麿にしてみればいつもの月詠の態度にしか見えず、彼にとっては充分な証拠になったらしい。
「本当に月詠なんだな。しっかしまぁ、ここまで化けるかよ」
「・・・・何が言いたいんですの」
「お前、元から素質あるんだしよ、化ける必要なんざなかったと思うんだよなぁ」
腐れ縁の相手を目の前にしては素直に『綺麗』だと褒める事はできないのだろう、それでも、世間一般の反応も歌麿の反応も同等のものだ。
ただ違ったのは、一人だけである。
一番認めて欲しかった者だけがこの姿を拒絶した事実が、今の彼女を覆う悲しみだ。
「とにかくさ、今夜は屋敷に戻っておけよ。夜近の言う事には何かしら理由があるんだろうしさ。それに、禁呪とかいうのに手を出した事が都爺達に知られでもしたら、只事では済まされねぇんだろ?」
「・・・・・それが・・何だと言うんですの・・・・ワタクシの気持ちがっ、麿ちゃんなんかに分かる筈がありませんわ!禁呪における厳しい制約や規則、果てにはその処罰など、花嫁であるワタクシは知り尽くしてますのよ!!」
―――だったら、何故―――そう問う前に、声は繋がれる。
「認めてくださると思ってましたのに・・っ!どれだけ尽くせば、あの方はワタクシを受け入れてくだりますの!?」


何が足りないのだろう。
何が必要なのだろう。
努力は日々重ねている。
それでも報われない数の方が多すぎて、積み重ねていく過程よりも先を急ぎ、最終的見解を実行した。
切羽詰っていたのかもしれない。
窮地にも似た心境だったのかもしれない。
そんな状況や環境に甘えたくはなく、だからこそ―――禁呪に頼った。
彼が、禁呪を管理する最高権威統治者だと知っていても、だ。


「・・・・・あいつがさ、なんでお前を手放さないのか、知ってるかよ?」


月詠の悲痛が暫し木霊した後、珍しく静かに落ち着いた歌麿の姿がそこにはあった。
慰めるのも相手の心境に合わせるのも不器用な彼だ、恐らくは夜近の真意を月詠に知らせてやりたかったのかもしれない。
無論、今の彼女にそれを聞くだけの余裕があれば良かったのだが。
「何を、言ってますの・・?ワタクシが、花嫁だからですわ。幼き頃に契約を交わしたから、この都の後継者として強い力を後世に残す為だけに――――」
「・・・・本気で、言ってんのか?」
赤い髪が少しざわついた。
周囲の木の葉の鳴らす音色に混じって、月下で彼の髪が暗く赤く光る。
さすがの月詠も少し言葉を詰まらせてしまうが、それでもその意思を更に強調していく。
「あ、当たり前ですわっ、そうやって教えられて育てられて生きてきましたのよ!!間違ってるはずがありませんわ!!」
「誰も間違ってるなんて言ってねぇ。俺が分かったのは、お前が夜近の事を知ってなかったって事だ」
「・・何・・・ですの・・・?」
彼女が知らない事を、彼は知っている。
だが、もう知らせてやる事が馬鹿馬鹿しくなっていた。
「都市主に選ばれた花嫁は、その命を彼に捧げる為の存在ですのよっ。ワタクシが夜近様を求めても、振り向いてくださらないのがその証拠ですわ!」
―――・・・殴るぞ、タコ」
振り下ろす場所に困ったその拳を振り翳せば、すぐ傍らの幹が酷く唸る。
その一瞬で大きな木は揺れ、茂る葉はざわめき、幾ばか振動すら目で確認できた。
「お前は夜近の事を見てきたんじゃねぇのか!一個人のあいつだけを追ってきたんじゃねぇのか!お前はあいつの容姿に惹かれたんじゃねぇだろッ!!」


―――幼き頃に交した契約。
―――命も体も捧げた契約。
―――全てはこの都の為だと、教えの全てを受け入れて優秀な花嫁を目指してきた。
―――それは花嫁も都市主も、互いが互いにとって道具でしかないのだと。
だからこそ、日光は真っ向から反対したのだろう。
例え家柄同士の縁を断ち切る真似をしても、許せるはずがないとまで『花嫁選出儀式』であるあの時に言い切った。

『苦しむのは、悲しむのはお前なんだ月詠!』
『何故喜んで下さりませんの〜?名誉誉れな事なのでしょう〜?それに駿河家は兄様がおられますから跡継ぎも問題ありませんし〜』
『月詠、そういう事を言っているのではない!たった一人の大事な妹を、都の犠牲者にしたくないと言っているんだ!』
『ワタクシの事はワタクシが決めますの!ワタクシは兄様の人形じゃありませんの!』
『な、この馬鹿者―――ッ・・!』

―――それが、日光が月詠に手を出した最初で最後の喧嘩だった。
今でも納得できていない事は明らかだが、その件に関してはそれ以来月詠に牙を剥く事はなくなったのである。逆に、夜近を敵対視しては花嫁資格剥奪のチャンスを掴もうとしているらしいが。


「・・分かりませんわ。ワタクシの存在は、ただ都の為だけに在るだけで・・ワタクシはそこに少し意味を求めたかっただけですわ・・・」


応えてくれないから何かに縋りたかったこの気持ちを、彼が知り得るはずもない。
知っていたら、放ったらかしにされるはずがない。
冷酷な口調で目の前に現れるなと言うはずがない。

「ワタクシでなくても、花嫁の代わりはいますものね・・」



『要らん。邪魔になるだけだ』




必要ないと拒絶される事が、何よりの恐怖だった。
今回の事に限らず、いつでも月詠の心は彼に囚われているからだ。


「・・夜近様―――・・少し、苦しいですの・・」


答えも与えず不機嫌なまま去って行った歌麿を追うでもなく、寂しい林道に一人取り残された月詠はそんな事を呟いた。
月は頭上で輝き、星も綺麗に拝める夜。


―――涙が、溢れていた。










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