第一章・第二話『誰が為に廻る理由』
> 第一章・第二話『誰が為に廻る理由』














「あらやだ、日光。今日はもう営業終わってるわよ」
「誰がこんな不気味な人形を好き好んで買いに来るものか」
「んもぅ。久々に会いに来てくれたんだから、もう少し優しくしてくれてもいいじゃない」
「鈴零、その気持ち悪い口調をいい加減改めろ。それに、今日は裏の客として来ただけだ」

背丈は日光と同じぐらいだろうか、両肩を露にした中華を思わせる衣装に身を包んでいる彼女―――いや、鈴零と呼ばれた彼は、女の子が飛びつくような可愛いぬいぐるみを手にしながら日光に擦り寄っている。
整った顔立ち、長身の身丈に悪くない体つき。
だが日光も慣れたもので、片手でそれを制しては店と家屋を繋ぐ敷居に座り、勝手知ったる他人の家とばかりに寛ぎ始めた。
「お前は片づけをしたままでいい、作業をしながらでも口は動くはずだ」
「・・あら、随分と余裕がないのね?珍しいじゃない」

いつものマイペースが感じられないと言いたいのだろう、店内を埋め尽くす人形一つ一つを大事そうに撫でては目つきの悪い犬の人形を選び、「今日はこの子ね」と、日光にしてみれば不気味な呪文である。
―――ここ千年坂に店を構えているファンシーショップ、店内は女の子が好きそうなグッズで盛りだくさんである。壁の色もピンク一色に染まっていて、男一人で来るには些か勇気を必要とする場所だ。だが、この店の隣には歴史と格調ある骨董品屋だったり、どうにも立地条件を間違えたとしか思えない並びだ。だがその答えは至って簡単、この女子高生に人気が高いファンシーショップも、独特な雰囲気が漂う隣の骨董品屋も、両店の責任者が目の前でぬいぐるみを愛でる彼だからだ。
口調から分かるように、男であって男でない性格である。

「日光がそんな顔をする時は、過去にあの女にフラれた時だっけね?」
「涼は関係ない」
「そう。なら月詠ちゃん関連かしら?」
呉服の袖から煙草を取り出し吹かし始めれば、それが肯定の合図となるのだろう。
店内は禁煙だと何度言えば分かってくれるのか―――付き合いの長い関係だけに、もう諦めているらしかった。
「ふぅん?喧嘩ってワケでもなさそうだけど?」
「・・・馬鹿な妹を、探してくれ」
―――・・っ・・??」
ふいに顔を埋めたかと思うと、弱弱しく苛立った声が目立つ。
こんなに落ち込む姿は何年ぶりだろう、いや、日光をよく知る彼だからこそ、最後の手段として自分を頼ってきただろう事は明白だ。
だが、この日光があの溺愛している月詠に『馬鹿』などという単語を使うはずがない、きっと聞き間違えたのだ―――と、店の電気を消しては屋内に続く間取りの電光だけが明るさを保つ。
そして慌てるでもなく日光の正面に近づけば、続けて衝撃的な言葉が届いた。


「あいつの身に何かあれば、俺は・・・夜近に会わせる顔がない・・・」


煙草の先端で燃え尽きていく灰だけが、地味に時間を刻んでいく。
重さに耐え切れなくなった灰が地面を汚し、その僅かに小さな音で鈴零が我に返っていた。そして店の奥から灰皿を持って日光の指からそれを抜く。
もう吸えるほどの長さも保っていない煙草、実際に吸ったのは最初の一口だけだろう。

「・・神門家から禁呪の資料を持ち出し、妹はそれを実行した」
「っ、なんですって・・!?」
「知っていて、俺は止めなかった。分かっていて、見ぬフリをした。・・・止めるべきだったのだと、今更気づいた愚かな男だ・・」

妹の着用していた着物が脱ぎ散らかされた室内で見た物は、妹らしからぬ部屋だった。
涼と一緒にみたあの部屋にはあの異臭が立ち込めていたし、さすがの涼も鼻を押さえるほど酷かったのだ。
だが、日光が一番驚いたのはそれではない。部屋の片隅に放置されていた分厚く古い書籍、それが彼の目に止まった時には既に遅かったのだ。
匂いが酷かった為か、涼は彼の行動に意識していなかったようだが―――

「証拠を見つけてまで現実を否定するほど、俺は愚かじゃない」

そうではありませんように―――
推測はただの可能性なのだから―――

そう言い聞かせ、何度も自分に言い聞かせ、必死にしがみつこうともがく自分を自覚した時に言葉を聞いた。



『黙っているのが優しさとは思わくてよ』



弾かれた気分だった。
地上に上る為に手にした一筋の蜘蛛の糸が断ち切られるような、それはあっけなく簡単に、信じようとしていた目の前の風景があっという間に遠ざかっていく。

―――涼の言うように、俺は未練がましい男なのだろう。

永年思い続ける相手だけじゃない、それは妹に対しても。
手の中にないからこそ欲しがる、ないものねだりの子供のように、自分でも嫌気がさす。
―――欲しいものは、いつも自分の知らない所で消えていくのだ。
―――本当は自分が自ら見逃した事も気づかずに。

「・・扱ったと思われる禁呪の内容は、成長を一気に早める効力を伴った促進作用を重視した薬物だ」
「っ!それって、1級指定じゃない!!下手したら命に危険があるのよ!?」
「そんな事は分かっているっ!百も承知だッ!だからお前の元に頭を下げに来ている!!」
「・・っ、・・日、光・・・・」

禁呪と指定されるからには相応の危険が伴うと判断されている。
そしてその中でもランクが分かれており、1級とは上から2番目に危険なレベルである。神門がそこまでして危険だと指定している1級レベルの存在、ただの薬物ならここまで過敏にもならないだろう。
禁呪、つまりは―――

「月詠ちゃんは駿河の血を継いでいるからこそ、術を扱う事にも長けているものね。でも、だからこそ・・禁呪が完成した」

―――そう、目に見えて分量が確認できないだろう『術』というが存在が含まれているのだ。こうなれば中和剤など作った所で何の役に立つだろうか。
・・それが、禁呪と呼ばれる由縁である。

「夜近に知らせる必要はない。あいつが知るまでに月詠を見つけ、禁呪から解放させればいい」

―――言うのは簡単だ。

「・・それが、日光の選択ね?それでいいのね?」
―――・・ああ。月詠に何かあれば、あいつは正常な判断を欠如させる。そうなれば都に大きく響き、結果的に見れば経済ダメージは免れん。・・都の存続の危機とまでは言わんが、・・・口喧しい都爺らが知れば、駿河家もただでは済まされまい」
「ほんと、よく口が回る男だこと。そこまで見事な建前と口実、尊敬しちゃうわ」
「鈴零」
「高くつくわよ?」
「店のビラまきでも客寄せでも、何でもやってやる」

他人を頼る真似を嫌う日光がここまで縋っているのだ、相当必死な決断だったことだろう。
それでも誰よりも現実を直視しているからこそ、頭を下げてまで苦渋を味わう選択肢を選んだのだ。
長年の付き合いなだけに鈴零はその心中が痛いほど分かるらしく、からかう事すらできはしない。

「じゃ、髪の毛を一本お出し」

言われるまま黒く艶の光った髪の毛を一本抜き、小さな痛みが頭皮に走った。
それを正面で立ち構える彼に渡せば、肩に抱いた犬の人形がそれを食べる。そう、それは本物の生き物の如く、活発に動く生き物になっていたのだ。
「何度見ても不気味な光景だな」
「お黙り。人形師の私にかかれば、居場所なんてすぐに知れるわ」
「俺の髪の毛から月詠の居場所を感知するのだったか?何とも便利な人形だ」
――の人形――は尚も味わうように日光の髪の毛を堪能しており、暫らくはその場で大人しくしていたのも束の間、一瞬何かを感じ取ったのかふいに天を仰いでは外に出ようと駆けた。
だが、外への扉は鈴零が店締めの為鍵をかけた後だ、開けられなくてガリガリと催促する。
躊躇う事もなく鈴零は幾つかの人形を肩や腕に巻き、その足で店の扉を開けた。
「日光、行くわよ。この子のこの様子だとちょっと遠いみたい、走るわよ」
「三十路前の体にはきついな」
「噛まれたいのかしら?」
―――人形達にとっては鈴零が主なのだろう、外への入り口が開くのを待っていた犬は、いつの間にやら日光の頭に噛み付いていた。そして店内の人形達が一斉に日光を睨んでるようにすら見える。
「ほら、馬鹿やってないで行くわよ」
そう言った頃には鍵も解除されたようで、一人先に外へ出ていた。そして人形に噛まれている日光も店から外へ出ると、鈴零は再び店の扉を閉めて念入りに鍵をかける。
―――頭上を見上げれば満天の星空と月が浮かんでおり、よもや今が緊急事態などと思えない平和な夜空だ。
そして、この星空の下で妹はどこで何をしているのか。
一番最初に、恐らく神門家に夜近に会いに行ったのでは―――と考えたが、今夜は仕事の為出兵準備に追われていると涼が言っていた。戦士の姿として認識されない風貌に変身しただろうと思われる恰好では、どうせ門前払いが関の山だろう。
禁呪に指定されている薬物の副作用効果はどれ程のものかも分からず、かといって解呪法を知っているわけでもない。
だが、まずは身柄の保護が優先事項だろう。


「・・・時間が経ちすぎたかもしれんな」


どうか無事でいますようにと、珍しく祈りにすら縋る日光だった。













BACK / NEXT






> 第一章・第二話『誰が為に廻る理由』

 

広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット