第一章・第二話『誰が為に廻る理由』
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「どう?揃ったかしら?」

この場所には不似合いな程の透き通った女性の声。しかし、夜近達を見つめるその視線は変わらず、神出鬼没とばかりに突然現れた女性への対応も無視したまま、彼は始終その視界に都市主である夜近を映し続けていた。
遊歩道に沿った森林の中―――『彼』は夜近達と同じぐらいの年齢だろう、頬には何かの紋章が描かれ、額に赤いバンダナを巻いた風貌だ。
一方、若い女を思わせるもう一人の人物は、頭から長い布で顔の半分を隠している為に表情はその口元からしか窺えない。勿論、漂うその雰囲気からして『妖艶』の部類に入る事は間違いないだろう。
そして『彼』に至っては一見『寡黙』なイメージを持ちやすいが、口調を聞けばそれもあっという間に崩れるに違いない。
「一人足りねぇな」
「足りない?鎌衣、どういう事?」
習うようにして仲間と思われし女性も覗き込んで見るが、兵士や都爺や、酷く混雑しすぎていて確認し難いらしく、麗しく繊細な表情の中で眉を変形させた。そして『鎌衣』と呼ばれた彼は、見て分からないのかと言いたげに顎で示してやる。
「都市主の女だ。駿河の娘さ」
「小さいから見えないのではないの?」
「これでも視力はいい方でな。第一、駿河の力を近くに感じるのにあの小娘だけがいねぇ」
「別場所に配置されているのではない?」
「名家戦士が3人も一箇所に集ってるってのに、駿河だけ別場所か?」
「都市主の考えは私には分からないもの」
「・・・・・は」
これだけの兵士を動員しておきながら、それはないだろう―――と彼は嘲笑う。藤棚に戦力を集中させているのが全てを物語っている、つまりは標的としている魔物は既に感知済みだという事だ。
それを踏まえれば、駿河の戦士を別隊にする必要はない。


「・・・待ってろよ、都市主。てめぇの地位は俺が奪ってやる。てめぇの大事な婚約者もな」


意気高揚とばかりに鼻を鳴らし、抑え切れない躍動感が鎌衣の心を急かす。


「さぁ、始めようか?都に眠る怨念とのパーティーを」




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「ッ!!ここは宝ヶ池ではないか!」
「でもこの子は確実に、ここから月詠ちゃんを捉えてるわよ」
「夜近が、今夜の戦にあいつを加えているという事か!?」
「さぁ、どうかしらね」

巨大化した人形を移動手段に起用してここまで来たらしい二人は、目の前に広がる戦場を確認してはそんな会話が成される。
兵士の士気高まる幾多もの声、武器を揮う覇気、怨霊から発生される地の底から木霊すような地響き。
そしてその向こうには―――『都の戦士』が戦っているだろう音が確認できる。

「今夜は随分と賑やかね。結界も施してないようだし、兵士も随分な数だわ」

宝ヶ池の周囲を兵士の数で完全包囲するともなれば想像以上に相当の人数が予想される。勿論それは街や一般人に被害が出ない為の処置である事は明白で、それと同時に必要以上に戦力を増員している証でもあるだろう。
だが、それは何故か―――月詠が不在だという何よりもの証明だと、唯一人日光だけは推測する。
「戦力にしていないというのに、月詠がここにいるだと?どういう事だ」
「ちょっと、このまま戦場に突入するつもりじゃないでしょうね」
「それ以外にあるか?」
「冗談じゃないわ!この子達が怪我でもしたらどうするのよ!」
「所詮は人形だろう。生身と人間と違い、治せる命ではないか」
「随分な言い方ね。安っぽい価値とでも言いたいのかしら?」
「は、まさか。戦場で大いに暴れる、魔物よりも厄介な存在だろう?」
巨大化した『犬』の背に優雅に座る鈴零と、『蛇』の上で剣を抜く日光。
だが主の許しがない以上は動く事が許されないとばかりに、命を宿す人形は微塵も動きはしない。
「ここまで足を伸ばしたのなら、観賞でもしていけ」
「桜はとっくに散ってるじゃない」
「散るのは花弁だけではなかろう」
「美しく散る命以外に興味はないの」
「ならば、模範演技でも示してみせてはどうだ?ご無沙汰なのだろう?」
「客寄せに加えて店内の掃除と接客作業の追加ね」
「店の評価が下がってもいいなら勝手にしろ」

女性以上に美しい表情が眉を変形させるも、メリットがある分頑固に断る理由もない。蛇の人形から降りた日光は彼からの返事に納得してみせると、その足を早々とばかりに宝ヶ池敷地内に向けて駆けていく。
その後ろを犬に乗った鈴零が続くのだが―――それを目撃する兵士達は動揺を隠せないらしく、どよめきが沸き起こる。無論、そんなものを相手にする日光ではない、さっさと敷地内に侵入しては進行方向を邪魔する怨霊を剣で切り裂き、その足を藤棚へ向かわせていくのだった。


「下鴨神社に続いてタダ働きか、不快な事この上ない展開だ」




※※※





一方、国際会議場側に隣接する宝ヶ池入り口付近―――日光が敷地内に侵入した頃、その対角線上にあるこの場所でも二人の戦士が姿を見せていた。
相変わらずの女王様スタイルを見せ付けるような衣装に身をまとう涼、そして一方、風の流れすらも味方につけるように身軽で活発なイメージを受ける衣装の風。風のその背中には二本の大きな特殊に属する刀が背負われている。
その門付近には2人の都爺が立っているが、大方は魔物が逃げ出す道をシュミレートした結果の対策なのだろう。
戦士のような圧倒的な力はなくとも、その『力』は術者部隊を遥かに上回る。唯一の弱点は、老いぼれ故に体力がないぐらいのものか。

「随分と大掛かりなのね、今回は」
「今夜も遅刻かの?涼、風」
「白川通りで捕獲した魔物の後処理までさせたのは何処の何方(どなた)だったかしら?」
「こっちは南方結界の調査させられてる上でいきなり呼びつけ受けてんの!文句言われる筋合いなんかないっつーの!」
「ふぉっふぉっふぉ。まぁよいて、都市主様達は既に戦況の最中。戦力が加われば都市主様も喜ばれようて。それが鳳来寺家の当主代理姉妹ともなれば、大いに有利に動くじゃろう」
長い髭を揺らしながら軽快に笑う都爺達だが、前線に身を置く心境を理解しているのか―――そう問い詰めたくとも、どうせ相変わらずの古い知識と爺特有の説教を受けるだけだ。風は酷く不機嫌そうに睨むが、南方の調査に向かっていたというのにその有り余る元気は一体どこから来るのか。
そんな隣の妹に都爺への威嚇を諦めろと注意しても無駄だろう、涼は溜息をつきながらもう一人の都爺に向き直る。
「月詠ちゃんは?」
「花嫁様は御不在じゃ。出現した魔物の体格から考えて月詠様の力がどうしても必要なのじゃが―――連絡が取れぬでは仕方あるまい、都市主様は月詠様を抜きにした戦策で対応しておるよ」

あぁ、やはりあれから何かあったのだ―――禁呪に手を出したのだと日光は訳の分からない事を呟いていたが、あれは独り言だったのだろうか。
それとも、口にする事で真実を悟ろうとしたのか。
あの日光の事だ、真実を知るのが怖いのではなく認めたくなかったのだろう―――それが月詠に関する事なら尚更、だ。
あれから白川通で別れた彼は何処へ行ったかは知らないが、月詠の身に何かあった以上は一箇所に留まっている彼ではない事ぐらい知っている。

「戦士としての立場にも影響が出ては、都市主も黙っていないでしょうね」

その元凶が、昼間に起きた夜近との衝突事故だとは思いもよらない涼だ。
だが、戦士が足りなくとも出兵命令は容赦なく下される。

「で?今夜の敵はどんなヤツなワケ?強かったりすんの?」
「たかが雑魚相手に私達が呼ばれるとでも思う?」
都爺の間を通り抜け、暫らくは一本道が続く。だが静寂とは呼べない音が四方八方から轟き、そんな音をBGMに姉妹は会話を続けた。
「歌麿は来てんの?」
どこか嬉しそうにその名前を呼ぶ風は、戦況など二の次なのだろう。それに微笑みながら肯定すれば、風の表情は酷く綻び始めていく。
「嬉しそうね?」
「涼もっしょ?」
「そうね。歌麿が成長してくれないと、日光に申し訳ないわ」
「何何?進展あったワケ?」
「馬鹿ね、ある筈ないでしょう?5年も前に別れてるのよ、ヨリを戻すにしても時間が経ちすぎていてよ」
「まぁた意地張っちゃって?」
「向こうが勝手に言い寄ってくるだけだわ」
「嬉しいくせに。もー、くっついちゃいなってば」
「からかうのはよしなさい。日光と別れた理由はアンタも知っているでしょう?」
口では強く否定しているものの、その頬はどこか赤みが差している。それこそが涼の本心なのだろう、それを察する風は強引にでも背中を押す真似を何度も繰り返す。
「別にいいじゃん、別れた理由が何だってさ?現に、日光の奴は未だに求めてくんでしょ?」
「さぁ、どうかしらね」
「身近な場所で距離を一切変えずに、そこにいる事に絶対の信頼を持ってるワケでもないでしょーに」
「・・・え?」
姉の恋愛事情の延長線上にふいに唱えられた言葉が、何故か涼の思考を支配していた。


(そこにいる事が当たり前?つかず離れず、今の微妙な距離に変化がないと信じてる?)


「日光はいい齢した大人じゃん。そんな綱渡りみたいな状態でいる事に満足してるワケないって」
「・・・・互いに了承した事よ」


一定の距離を保ったまま、時に駆け引きの試される関係。
その距離に変動がないと信じているのは自分で、それを信じているのは『別れた理由』を日光も理解しているからだ。

だが、なんと我儘な自分なのだろう。
これでは、振り回しているのは自分ではないのか。



『涼、覚えておきたまえ。君がその生き方から解放された時、俺はきっと、君を手に入れようとするよ』



―――その言葉に一切偽りがなく、永遠に囁かれる約束だと信じている。


自分から離れる事は有得ないのだと。


「涼?どしたの?」
ふいに姉の表情が固まっていく事を不思議に思うのか、その顔を下から覗きこむ。そのあどけない表情が視界に入り、涼は慌てて首を振った。
「な、なんでもなくてよ。ちょっとこの瘴気に気が滅入っただけ」
「結構な数みたいだしねー?メシア様のライブに向けて体力つけるいい機会って感じ?」
どんなにハードなライブなのだろう―――そうツッコミを入れてやりたかったが、残念な事に目の前に二股の道が見えてくる。
ここから左右に別れ、半周を描くように進みながら魔物殲滅作業、そしてそのまま合流する作戦だ。対角線上には出店などが並ぶ正面入口付近、そのすぐ近くに夜近達のいる藤棚がある。勿論、今いるこの場所からも池を挟んで藤棚付近がよく見えるのだ、ここから一本道なだけに道に迷う事もない。

「・・池が随分と濁ってるわね」
「夜だからじゃないの?んじゃ、アタシは左側行くから」
「ええ、後で会いましょう」

楽しそうに駆けていく妹の背中を見送り、涼は髪の中から使い慣れた鞭を優雅に取り出す。腰にも戦闘用の武器は装備されているが、こちらの方が使いやすいのだろう。女王様魂といった所か、その鞭には魔物や怨霊に対応できるよう、何かの魔術文字がびっしりと書き込まれている。
『物質』ではない怨霊相手に武器は通用しない事は当然で、神門が主に術者部隊を怨霊と対峙させるよう配置させているのもその為だ。兵士の剣では不毛な体力消耗にしかならない。
しかし、そこに『魔力』といった力が加われば話は別である。だが魔術文字を武具に乗せるのは簡単な話ではなく、所持しているのは涼のような名家の者ぐらいだろう。
兵士は物体化した魔物を、術者は不浄な怨霊を―――その配置は間違ってはいないのだろうが、涼に言わせれば『面倒』な部類なのだろう。
風と別れて数秒その光景はすぐ視界に入り、気合を入れ直すようにして鞭で地面を荒く叩いた。その音で神門の兵士を始め術者一同が涼の存在に気づいたらしく、大きな戦力が加わるのを実感した為か士気が異様に高まりを見せていく。


「今宵の鞭の味は一味違ってよ?たっぷり可愛がってあげるわ」


妖艶な笑みにくべられる真紅のルージュが妖しく光る。
赤い瞳の中には激情を、美しいその肢体は月の下で踊り始めていく。



14




「やっぱり駿河の娘がいねぇな。欠席か?」

眼下では戦場の広がる大地。先程の場所から同じようにしてその様子を見守る鎌衣は、肌で感じる高揚も無視したように呟いた。
その隣では、必要以上に肌を露出した恰好の美しい風貌を見せ付ける女性も変わらず同席しており、自分達が作り出した存在が消え行く場面を観察しながらも傍観態度を維持している。
「そんなに気になるの?」
「茶化すんじゃねぇよ。確認できる事は一度に見ておきたいだけだ」
合理主義、とはまた違うだろう。求める事柄に対し誤差が生じるのが嫌なだけだ。
「どこにいやがる、駿河の娘は」
「私達の作り出した瘴気と戦士達の気がごちゃ混ぜになって、駿河の力なんて特定できないわよ」
「俺には分かるさ。神楽、てめぇと違って俺は、あの二人への思いは一味違うからよ」
「あら、残念」
神楽と呼ばれる女性はからかうようにそう肩を竦めて見せ、その豊満な胸が動作に合わせて揺れる。そして鎌衣は、じっとしているのが我慢ならなかったのか、数回の屈伸運動をしてから目の前に聳え立つ木へと飛び移っていた。
「ちょっと、私達の存在がバレたら元も子もないのよ?」
「観察してくるだけだ、接触なんかしねーよ」
「目撃されないよう気をつけなさい」
「そん時ゃ、殺すだけだ」
「単純明快な回答、痛み入るわね」
「ふん。言ってろ」
そして木々から木々へ駆け、木の葉のざわめきこそが彼の道順を夜空に奏でる。
だが、誰一人として彼の存在に気づく者などいないだろう。唯一近い場所で戦っている神門の兵士とて、空を見上げる余裕などなかったからだ。


「ご苦労な事だ、本体を叩かない限りは増え続けるそいつらと永遠に遊んでろ」


嘲笑にも似た笑みで一蹴すれば、もう興味がなくなったとばかりに次の方向へ目を向ける。
普段でもあまり人気の感じられない道で、宝ヶ池公園内部に間違いはないのだが少し反れた脇道だ。そのまま直進すれば山道に入る。
だがそこで、鎌衣の足は止まった。いや、木々から木々に移ろうとした瞬間、眼下に見つけたものに目を奪われたのだろう。

「なんだ?一般人の侵入を神門が許したのか?」

この宝ヶ池の敷地は、戦況を予測して神門の兵士が完全包囲したのだ。警戒態勢も敷かれている事から、一般人の侵入は許可されていない。だが、その網目をくぐって侵入できたとも思えない。彼は、神門の警備が『完璧』である事を知っているからである。
しかし、眼下には雅な着物を着用した若く美しい女性。
その背後には数匹の魔物と怨霊。
―――どうやら、追われているらしい。それとも、追い詰められる真似を演じて戦場の中心から離れたこんな場所まで来ているのか。
だが、彼女が一般人ならば助かる確率は0に違いない。
彼も事実、眺めながらそう思っていた。
だが。


「・・・・あいつ、剣士か?」


走る動作の最中で仮衣が捲られ、その奥に2本の日本刀を確認したのである。
視力がいいと自負するだけあり、そこに描かれる家紋も確認した。

「・・・・駿河だな。都市主の婚約者ではないようだが・・・・だが、駿河本家の家紋を持てる者など、他にいるのか?」


―――勿論、禁呪で成長した月詠である事は知る筈もない。


面白い映画を見つけたとばかりに枝の上に腰を落とし、暫し観賞していく鎌衣である。




「はぁっ、はぁっ・・!!」

どれぐらい走ったのか、覚えてもいない。
禁呪が全身に回る手助けをしている以外の何物でもない自殺行為ではあるものの、戦うには場所を変えなければならなかった。
夜近達の近くで剣を抜けば、この体から剣から発せられる『力』に気づかれてしまう。神門の屋敷で『邪魔だ』と強く拒絶されたというのに、のこのこ着いて来たなど知られては。

戦う力はある。気力もある。
だが、彼の邪魔だけは許せない。
それが自分の事だったから尚更の事。

「こ、この辺でいいでしょうか〜・・?」

走った距離はどれぐらいのものだろう、しかし体が小さかった時はいくら走っても荒い息に変化する事などなかった。
肺呼吸活動が苦しくなる事なんてもなかった。
これも成長したからだろうか―――背後を振り向き様に呼吸を整える準備を始め、その腰から剣を抜く。
しゃらり と独特の、刃が鞘に触れながら抜けていく音が、どうにも懐かしくすら感じる。
目の前には2体の中型獣魔物、空中を浮遊する4体の形なき怨霊。

「ワタクシを傷つける事なんてできはしません事よ」

そう、自分には。
この体を守る結界が張られているのだから―――そう勢いよく豪語しようとした瞬間、月詠の麗しくも大きな目が更に見開く。


―――そうだ、片方のリボンは。
―――あの時、屋敷で夜近に手渡したのではなかったか?


既に二刀流を構えているせいもあり、確認する事はできなかったが。
―――いや、結界などなくても同じ事だと、戦士独特の鋭い眼光を取り戻し、構える。



―――だが、この違和感は何だろう。
―――何かが、違う。
―――いつもと、何かが。


いや、そんな場合ではない―――と首を振り、雑念を追い払う事に専念する。
一度鞘から剣を抜けば、雑念を持ってはならない。
その雑念こそが命取りとなる。
剣士たる者、その剣に命を委ねる者。
剣に迷いがあっては剣士として不成立。
―――常日頃から兄に口煩い程に教えられてきた説教の言葉だ。

「剣は己の分身、ですわ」

舞うように華麗な剣さばきも、優雅な切り口も、その全てが己であるのだと。
だがそこに雑念が入り混じれば迷いを齎(もたら)す剣となり、己の命は容易に取られるだろうと。
一点の曇りも許さない心で臨む事こそが、剣士への道―――頭の中だけで尊敬する剣士としての兄の言葉を何度も何度も反芻した。


(大丈夫、大丈夫ですわ。ワタクシの体が成長しただけですもの。技も力も、いつもと変わりなく使えますわ)


正体の掴めない不安材料に目を瞑り、何度も自分を納得させる。
そして柄を鳴らし小さな金属音が二つ重なった時―――月詠は動いた。
いつもの小柄な体格こそ機動力には優れたが、この際そんな文句も言っていられない。

「は、ああああぁぁぁッッッ!!!」

両手に剣を構え、その足で魔物向かって一直線に駆け走る。
草木がその動きに合わせて軽快なリズムを刻むように揺れ、自らの動きが生み出す風と同化していく。


―――そう、自分の体が少し大きくなっただけ。


「・・・・っ!?」


右手の剣を振り翳しては、隙を与えないとばかりに左手の剣で追い討ちをかける。
まるで円舞のように、まるで優雅な蝶のように華麗に踊るその姿―――近くの木の上で眺める鎌衣ですら魅了していく。

「ほぅ。こりゃ見事なモンだな」

賛辞の拍手すら送りたい気分―――しかし、月詠本人にとっては異常事態を自覚していた。
剣で風を切っては魔物の肉を裂く。
剣で身を守る盾を作っては重圧感に満ちた攻撃を防ぐ。


(なに・・・なんですの、これ・・・っ)


動きが、違う。
使い慣れた自分の体なのに、今まで戦ってきた戦士の体だというのに。
その違和感は月詠に多大な不安感と焦燥を与えるには充分で、しかし殺るか殺られるかの場面だからこそ動きを止めないだけなのだろう。


(違う・・っ、何が違いますの・・・!?)


いつもと何かが違う。
一体何が違うのか―――そう考えるも、自分の動くその全てがそれに当てはまるのだから、特定できない。
動きも、視界も、その剣を扱う力配分ですら。


「何、ですの・・っ?なんでこんなにも、全てが何もかもが狂ってますの・・っ!?」


動揺するのも無理はないのかもしれない。
あの小柄で小さな体で戦士を務めてきたのだ、それがいきなり視点や視界の高さが変化すればそれに伴う力に誤差が生じるのも当然の話である。
そして一番の問題は、命を委ねるその剣の長さだろう。
剣士とは、自分の身長に合わせて剣を拵(こしら)えるのが普通なのだ。それが今の月詠の場合、体と剣が合わないのである。そうなれば当然、長年の経験で積み重ねてきた距離感や直感、武器と敵との間に発生するリーチも全てが狂ってくる。
機動力に優れた動きは発揮できないと理解はしていても、こちらはそれ以上に重要な問題だ。

「・・っ、あ・・」

息を整えようと数歩飛びながら後退した時、月詠が何かに気づいたらしく大きな目を更に大きく見開かせた。
脳裏に蘇ってくるのは、二度と聞きたくはないと耳を塞ぎたくなった、あの言葉。




『邪魔だ』





―――夜近は、この事を指していたのではないか?
体に変化が起これば、その視界から腕の長さから全てが狂ってくる。そうなれば当然、前線に配置される戦士としての活躍は期待できない。
これが密羽のような遠距離支援的な存在ならばまだいい、剣士ともなれば―――


「夜近、様・・・・この事を、仰ってたのですわね・・・」


言葉が少ないからこそ誤解を生みやすい彼の事だ。きっと彼にとってはあの言葉が『最善』の言葉だったのだろう。
ただ無意味に月詠を傷つけたのではなく、月詠を思っての言葉だったのだ。


「・・ふふ・・・おかしいですわね・・・どうして今頃、こんなに嬉しくなるのでしょう・・」


―――涙が溢れ出す。
―――もう、止まらない。
―――視界が揺れて、威嚇を発し続ける敵の姿すら朦朧としている。


―――でも、もういいですわ
―――最後に、夜近様の本心を理解できたのですから思い残す事などありませんもの

―――助けてくださいとは申しませんわ
―――自分が犯した罪の後始末、とまで綺麗ではありませんけれど
―――でも、もう体が動きませんの、夜近様・・
―――全身が痛くて痛くて、でもそれ以前に剣士としての動きもできないと分かった以上、抵抗など無意味ですもの

―――けれど、騙したつもりはありませんの
―――夜近様と同じ知識が欲しいと思ったのは真本心ですもの
―――夜近様はとても遠いから、近づきたかっただけですの・・・




視界が揺れる。
何も見えなくなる。
自分が地面の上に落ちていく音すら、その感覚すら分からなかった。
それはまるで、彼方の幻が見せる夢のように。




―――・・・いつまでもお慕いしております、夜近様・・・・・









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ようやく敵キャラ登場。
月詠の意識はここで途切れます。

剣と体の誤差により『剣士』としての力を失くした事に気づく展開は、もっと盛り上がる感じで書きたかったんですが、月詠の心情を優先しました。



> 第一章・第二話『誰が為に廻る理由』

 

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