第一章・第二話『誰が為に廻る理由』
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怨霊4体に中型に値する獰猛な魔物2体。
まさかこの自分の手で始末する羽目になるとは思っていなかった。
その作業が終われば酷く残酷な光景が目の前に広がり、その中央では一人の美女が芝生の上で転がっている。
駿河の剣を装備した美しい女性―――しかし、鎌衣は返り血を気にするでもなく月詠に近寄っては膝を折ってその体を眺めていく。

「こいつだったのか、こいつから駿河の力を感じてたのか」

目覚める様子はない。
それどころか、どこか苦しそうな呼吸が耳に届いてくる。しかし見た感じでは怪我などしていないしどうしたのだろうかと手を伸ばした時―――その手は見えない壁によって弾かれた。

「・・・結界?・・っ、このリボン―――ッ・・!」

御団子に結われているリボンの紋様を確認した時、彼の中で何かが繋がった。
そして、目の前で無防備な姿を曝しながらも眠りに落ちている美女から発せられる特殊な力の波動―――無論、それは駿河の力が湧き出ているのだろうが、それ以外に『自分達寄り』の何かを感じたのだ。
だが、それらの材料はこの際関係ない。彼女の正体はこのリボンだけで証明できる。

「こいつ、都市主の・・!駿河月詠か・・・ッ!?」

都市主の婚約者という座を手に入れた少女は、子供のように幼い風貌だった筈。しかし、否定できる材料はない。
そう、そのリボンが何よりもの証拠なのだと彼は『知っている』からだ。
「都市主自らが作り上げた簡易結界陣、花嫁に渡した誓いの証明―――・・はっ、面白い光景だ」
口元は愉悦に歪み、偶然が重なり合う光景に笑いが止まらない。
だが、リボンが一本足りないのならば破るのは容易だ。もう一度手を伸ばし、弾かれるその力を感じた瞬間に己の力を増幅させては相殺させる。
すると、面白い程に月詠を覆っていた結界は消えていく。穢れぬ為の、常に己に浄化を施している結界がいとも簡単に。
無論、それはリボンの数が足りなかったからこそできた事だ。
「さてと、次はこの異様な力の源か」
何故こんなにも麗しい美貌を曝す姿になったのかはさておき、鎌衣は月詠のその身を抱き起こしては至近距離でその顔を眺めていく。
鼻でその爽やかな香りを堪能し、耳で可愛い呼吸を聞き、目で美しい姿を満喫し、そして。

「戦士たちの間で何があったかは知らねぇが、これは禁呪の力だな。取り憑かれたか」

額には酷い汗を確認できる。
顔色は徐々に蒼ざめていく一方で、このまま放っておけば色素すら手離すのも時間の問題だろう。
―――それでは面白くない。
助けてやる義理も道理もないが、こんな所で死なれては困るのが鎌衣の本音なのかもしれない。

「アンタに死なれちゃ、夜近の野郎をじわじわと殺す楽しみがなくなっちまうだろ?」

賛同を求めているでもなく、返事が返ってくるでもない。独り言にしては確かな動機と確信めいた発言だ。
そして一寸舌なめずりをしてみせ、もう一度愉悦な笑みを見せていく。


―――そして。


「・・・・」


触れる唇同士の体温を共有し、少し呼吸を整えてはもう一度重ね合わせる。
だが次の接吻は一度目に比べると少し乱暴気味で、呼吸の求められない状況だからこそ月詠の意識も戻りつつあったのだろう。

「・・・や、こん・・・・・さ、ま・・・・?」
「目ぇ瞑ってろ。楽にしてやる」

意識の朦朧とする中、夜近らしからぬ口調だというのに―――それが『夜近』なのだと確信してしまうのは、きっと寂しかったからだろう。
夢が現実でありますようにと願うのと同様に、月詠のその錯覚は夢の続きを見ている感覚に似ているに違いない。
夜近以外の男に唇を奪われているとも知らずに、その体はゆるりと抜けていく力に委ねられていくのだ。
その相手が、夜近なのだと誤解したままで。
目尻から頬を伝う涙が、それを証明するのだろう。


―――嫌われていない、のだと。


戦場に似合わない風だけが二人の髪を衣を揺らし、それでも接吻は終わらない。
何度も何度も角度を変えては貪りつく獣のように、けれども意識の定まらない少女を気遣うのかその行為は甘く優しい。
目を閉じたまま委ねる月詠の表情を、時折確認しながらまた行為に続く。

深く、もっと奥へ。
足りないとばかりに呼吸すらも忘れる。
最奥の何かを奪ってやるとばかりに、激しい吐息だけが夜風に知らされる。


―――そんな時間がどれ程過ぎただろうか。


幸いな事に、告げた言葉に従うかのように月詠は彼の姿を捉える事はなかった。そのまま意識が遠く離れていくのも、鎌衣にとっては幸運だった事だろう。
そして今、鎌衣の口の中には少し大きめの飴のような丸い物体が舌の上に存在していた。

「・・・コレか」

月詠を抱きしめた姿勢のまま、左手でそれを取る。
月にかざすようにして眺めれば、随分と毒気を含んだ色で輝いている物体。
―――月詠の中を汚染していた、禁呪の瘴気が凝固したものである。

「神門が守る禁呪の一つってワケか。利用価値がありそうじゃねぇか、なぁ?」

一体誰に向かって言っているのか―――しかし鎌衣は気にするでもなく、まるで魅せられたとばかりにその物体を見つめるだけだ。
一方、月詠の体にも異変は見られた。
気づかないぐらいに徐々にではあるが、その呼吸が正常に戻りつつある。青ざめていた顔色も体温を取り戻したのか――接吻による一時的なものかもしれないが――先程に比べると随分と血色もいい。
大量の汗は発汗作用現象だ、毒気を抜こうと体の機能が活動しているだけにすぎない。

「都市主の野郎が知ったら、どう思うだろうな?」

自らの意思で選んだ花嫁の存在を、今穢したのだ。
愉快で堪らないらしく、鎌衣は楽しそうにもう一度奪ってやるかと試みる。しかし、唇が合わさるか合わさらないかの距離で、急に彼の体は急停止していた。だがその鋭い視線は背後からの気配に敏感に、そして『現状』を察知しては月詠を再び芝生の上にゆっくりと寝転がせては御得意の跳躍力で木の上に跳ぶ。
同時に木の葉が必要以上の音で舞い散るが、大方風が鳴らしたざわめきぐらいにしか思われないだろう。
―――この存在を知らない限りは。





「月詠・・ッ!!どこだ、月詠ッッ!!」


己の務めを放棄した彼は、ただ焦燥と安堵を求め叫び続けている。
鈴零に借りた獣に跨り、リボンに含まれる力が指し示す方向に来たはいいが、光源は月の光だけだ。視界も狭くては遠めで確認できた筈もない。
だが、そこで違和感を感じるものを耳にしたのが幸運だったのだろう。
―――そう、鎌衣の鳴らした木の葉のざわめきだ。

「ッ、月詠ッ!!」

放棄されたかのように、捨てられてるかのように、暗き密林のその芝生の上で寝転がっていた彼女を発見したのだ。
だが、安堵とはまた違う、言い表しようのない鼓動が夜近に酷く痛みを与えていく。



―――死んだ、のか?



「俺は許した覚えはない・・・ッ!!」


その背から慌てて飛び降り、夜近の足はただ月詠の存在向かって走り出す。
心が急いて何度か転げたが、その度に無駄な時間を憎んだ。

「月詠ッ!!返事をしろ、月詠ッッ!!」

数刻前に見たのと変わらない、蝶の刺繍で描かれた雅な和服。髪は芝生の上で無造作に踊り、リボンは片方が欠けたままだ。勿論、その片方は夜近が手にしている。
「月詠ッ!!」

―――背後からの視線、とでも云うのか。月詠を腕に抱いた夜近は少女の容態を確認するに到らず、ただ背後から襲ってくる気配に威圧感を増していく。
少女の名前を口にする声も閉ざし、瞳は戦士の表情の如く細く鋭く尖り、そして片腕は腰に装備した剣の鞘に手をかける。
親指で柄を持ち上げれば、小さな金属音が必要以上に響いた。

―――背後に聞こえるのは木の葉の音色だけだ。
だが、その中に自分を観察している視線がいる。


(・・・魔物か?)


いや、獰猛な魔物に知性などあるはずがない。
その見解を示したのは夜近自身であるし、勿論外れているとも思っていない。だとすれば、魔物以外の知性を得ている存在、という答えに導かれるが―――該当する見解までは遠い。
月詠の倒れている場所に一番近い大きな木―――そう、そこには都市主である夜近に何らかの私怨を抱いている存在が、まだいたのである。
その場所から見下ろす夜近の背中は決して無防備ではあらず、勿論自分が発する殺気に気づいている。
ただ、こちらからの接触を待っている。

(・・・誰が、姿を見せてやるかよ)

神楽に言われた事を守っているのではない。
祭りはもう終わったのだと言わんばかりに鎌衣は都市主とその花嫁を見つめ直し、そしてもう一度木の葉の中を駆けていく。
その手に、禁呪が詰まった物体を包みながら。


(・・・行ったか)


気配が薄れたのを確認してから、夜近は剣から手を離す。
追いたいのは山々だが、そうできない理由こそ明確だろう。

「・・・月詠、目を開けろ」

返事など返ってこない。
目をあける様子もない。

「・・・俺の命令は絶対だと、教わった筈だ」

静かすぎる声帯。
落ち着きすぎるその声。
感情の起伏など一切感じられず、だがそれこそが夜近の動揺を示している。
だが答えを確認するなら酷く簡単だろう。その小さな腕をとって脈を測ればいいだけなのだから。
しかし、夜近は明確な現実を選ぼうとはしない。

―――怖いからだ。

死んだように眠っている月詠は、安らかな表情で夜近の腕に抱かれている。
可哀相に、冬ではないとはいえこのような場所で眠れば体は酷く冷える。まるでそれを温めるように、夜近はただ、成長した姿の彼女を両腕で包み込む。痛いと文句を言われても仕方がない、その力で。


(・・・戦場に、戻らなければ)


一度は放棄した任務への心残りが、彼を現実に戻す手段だったのだろう。
認めたくない様々なものが、彼を冷酷に残酷に育てていく。


(花嫁の選出・・・月詠以外の女性を選ぶのか・・・?)


花嫁がいなくいなれば、これこそ公に募集が始まるだろう。勿論、名家の中から新たに選び出される事は当然だが―――何故か、納得がいかない。


(月詠以外を・・・?月詠ではない女性を・・・?)


―――考えた事もない。
―――馬鹿馬鹿しい。

数回首を振り、しかし夜近のその表情は苦しそうに歪んでいる。
しかし、その考えこそ現実主義だ。現状を深く追求するより先に、その先に待つ現実を知っている。



『朗報、だと?あんな状態の月詠を放棄され、その後の処置が俺にとって朗報になるだと?馬鹿馬鹿しいッ!』



確かに、これは朗報ではない。
寧ろ、その真逆、訃報だ。
―――人の死を、誰が喜ぶと云うのか。
婚約者の死を喜べる筈がない。



『この期に及んで、あの月詠を確認していながらも関係性を選んだのかッッ!!!肩書きがそんなに大事かッ!!』



(・・・関係性・・・それ以上でもそれ以下でもない、それが都市主と花嫁だ。肩書きを守るのは当然だろう・・?)

そう割り切っているというのに、月詠はいつでも全力で心の中に入ってきた。
花嫁選出したあの日から常に同じ時間を過ごしてきたのだ、それは幼かったからこそ自然な感情の流れだと思ってきたが、それでも月詠はいつも隣で笑っていた。
学校内で剣を振り回し、それを咎めるのは最早生徒会長の務めではなくなっていた。
女性と些細な会話をするだけで悲しい表情をしていた。
その度に、お気に入りの団子屋に立ち寄って機嫌を窺っていた。



『お慕いしておりますの、夜近様』



聞きなれた台詞は、いつも意表をついて届けられた。


(知っていた筈だ、月詠が自分の体型を不満に思っている事ぐらい)


止められたはずの悲劇だ。
何故止めなかった、ではなく、何故気づかなかったのか。


(きっかけは―――・・・涼との一件か)


校舎内でタイミングの悪い事故を起こした、アレだろう。
確かにあの後、月詠の態度は静かすぎた。いつもならば二刀流を振り翳して問い詰めてくるというのに、しおらしすぎて不気味だったぐらいだ。
夜近はそれを都合の言いように考えたが、実際はあの時にこの計画は始まっていたのだろう。



『ワタクシが、涼ちゃんみたく綺麗な女性でしたら?』



―――月詠は。
―――都市主と花嫁という絶対の関係以上に、夜近だけを想っていた。
その肩書きに安堵を覚えた筈がない、だからこそいつでも必死だった。それでも夜近はいつも逃げるだけで、一度でも答えを示した試しがない。
だからこそ、彼女は禁呪に縋った。
その理由を、自分の体型のせいにして。


「俺が、そうしたのか・・・・俺が・・・応えなかったからか・・・」


禁呪に手を出した事は、確かに許されるべき罪ではない。都市主の地位や神門における鉄則を知り尽くしている花嫁ならば尚更だ。
だが、禁呪に魅了されたのは他の誰でもない、自分のせいである。

しかし、婚約関係は絶対なのだ、なにを不安に思う必要があるのだろう。


「・・不安?・・・・違う、月詠は―――


―――違う、月詠は肩書きで見ていないのだ。
都市主と云う重い鎖で絡められた彼を、彼個人として『想っている』からこそ、だろう。


―――知っていた筈だ。
―――少女はいつでも必死に自分を追いかけている事ぐらい。



季節外れの枯葉が、その指先に触れる。
まだ青い葉を一枚拾っては少女の顔に近づけた。

―――僅かだが、揺れる。
微かだが、呼吸をしている証だ。
だが、その容態を確認したというのに夜近は動けずにいた。


(どこに行けばいい?神門家で保護するのならば、事情を説明しなければならない。都爺の判断は容易に知れる。・・・日光殿に預けるか?いや、今夜は俺が権利を委任したんだ、彼は神門家で報告義務をこなさなければならない)


この事情を知っているのは、彼を含めて日光、歌麿、鈴零の4名だ。
先程も述べたように駿河での保護は無理である。嘘の苦手な歌麿に任せるのは得策とは思えないし、かといって鈴零に預けるとしても不都合が目立つ。

――― 一刻を争う事態と頭では理解しているのに、冷酷な現実主義と云う自我だけが思考を駆け巡る。

疲れた表情で先の現実を切り離せば、ただ眠っているだけの少女が視界に入った。
いつもより成長したその姿は、何よりも誰よりも美しい。
儚い肖像画のように、耐え難く美しい麗しさで輝いている。


「月詠―――・・お前は、どうしたい?」



問いかけど、返事など期待していない。
意識があった所で、彼女の返事は分かりきったものだろうが。



『夜近様の意思はワタクシの意思ですわ』



「そうだな、俺は―――
「約束を破る気」

意識すらしていなかった外界から届く声に気づけば、そこには夜風で舞う葉の向こうに密羽の姿がある。
いつからそこにいたのか、しかし無機質な殺気を覆っているのはいつもの事だ。
幹を背に美女を抱きしめている夜近―――にしか見えないその光景。だが密羽は彼女の正体を問い質すでもなく、一歩ずつ確実に近づいては芝生がその度に音を鳴らしていく。
「密羽?」
「・・・約束」
もう一度声が降ってくる頃には、機械人形の彼女は月を背に夜近を間近から見下ろしていた。口布で隠された口元、見えるのは感情の感じられない無機質な鋭利に尖るその瞳。衣装の到る所に返り血が確認でき、激しい戦闘だった事を表している。
「終わったのか?」
「・・・・・」
戦況の報告を求めようとも、彼女は一言も答えはしない。自分に対する回答だけが『必要』なのだと言いたいのだろう。
彼女が相手では誤魔化す事は無意味だ、そう悟れば夜近は視線を逸らして苦笑する。
「俺が死ねば契約も約束も無効だ。そうすれば、名家の絆は崩れ都の均衡も」
「無効にさせない事がアンタとの契約。あの日の約束、忘れたとは言わせない」
夜近の言葉を最後まで待たず、しかし焦っているでもなく機械を思わせる表情のまま密羽は続けた。
「アンタはアタシを死なせてくれなかった。だから月詠を殺そうとした。それでもアンタも月詠も笑ってた」
「有能な人材が欲しいと思うのは当然だ」




―――あれは今から何年前の話になるだろう。
見た目からして子供で間違いない、幼かった少年少女。
とある一件による処罰を受ける為に密羽は神門に送られ、そこで初めて出会ったのである。まだ幼かった都市主と花嫁に。






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次P、密羽の過去を軽く書きます。



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