第一章・第3話『それは風の如く君の導を知る』
> それは風の如く君の導を知る

第一章・第3話『それは風の如く君の導を知る』










曇天の空がくればいい。
陽(ひかり)は嫌いだ。
それは行き交う人々も例外ではなく、光輝く瞳をした人間はもっと嫌いだ。その瞳の奥に、絶望の欠片もないから。

「くそ、学校じゃ派手な真似もできねーし、つまんねーな」

そうボヤいてオールバックにされた緑色の髪を掻き、変装用の眼鏡が少しズれる。
決まった登校時間、決められているホームルームに出席確認、それからは己の人生に全く役に立たない授業の繰り返し。それでも優等生として物静かな人物を演じている以上は成績も良くなくてはならない。先日の中間テストでは2位だった。1位は、勿論あの男だ。
心から憎しみを抱いている、あの神門夜近。
先日頂戴した禁呪の球は常にジャケットのポケットに入っている。
どう活用してやろうか考えているのだが、その力を察知できる人間が5人もいるこの高等部では使えそうにない。
まだ正体を明かすワケにはいかないからだ。

「神門夜近、駿河月詠、鳳来寺歌麿、葛葉密羽、葛葉呉羽・・・・揃いも揃って、全員神門に仕える名家戦士かよ」

誰もいなくなった放課後の教室。
窓からは褐色色の光が差し込み、彼を淡く照らし出す。
その目で窓際の席を瞳に映し、夜近と歌麿の幻が見えた。取り留めのない会話、ただ歌麿が楽しそうに笑って、夜近は呆れながらも苦笑している光景。
楽しそうに、その瞳にはどこまでも眩い陽。
だから、憎む。
自分が欲しいものを、全て根こそぎ持っていったあいつが。


「おっ?なんだよ鎌衣、お前まだいたのかよ」
「早くしろよ、健二。さっさと忘れモン取ってこい」

興味の欠片もないクラスメイト。
再び戻ってきた道のりすら楽しそうに、健二と呼ばれた彼は自分の机の中からお目当ての教科書を『よかった、ここにあった』などと言っている。
その間に鎌衣は、言葉も残さず鞄だけを背負って教室から出ていくのだった。
そしてその足は、迷わず保健室へと向かっていた。

窓からこぼれる風景。
棟と棟を繋ぐ渡り廊下を歩けば空手部の走り込みが一層うるさかった。
部活動に精を出す同年代の連中。
くだらない、とばかりに視線を正面に向け、保健室の扉を開いた。

「はい、これでおしまい。頑張るのもいいけれど、あまり無理しちゃダメよ?」

どうやら先客がいたようで―――服装からしてサッカー部の奴だろう―――足に包帯を施され、どこか嬉しそうな顔をし、

「へへへ、神楽先生に治してもらえるんならいくらでも怪我しちゃうかも」

はにかみながらもそいつは保健室から出て行った。
そして再び正面を見れば、今の生徒に使用した応急処置セットを片付ける神楽の姿がある。
「大人気だな、美人保険医さんよ」
「結構楽しいものよ。鎌衣は違って?」
オレンジの長い髪に整った化粧、綺麗な瞳にノンフレーム眼鏡をかけた神楽は、どこからどう見ても生徒たちの心を鷲掴みにしている。夜の姿と違うのは、服装とヴェールを被ってない事ぐらいか。
「ふん、くだらんだけだ。何が悲しゅうて高校生なんかしなきゃなんねーんだ」
室内のソファに鞄を投げ捨て、そのまま態度の悪い体勢で黒いソファに体ごと埋める。
「アンタは神門を監視するのが目的なのでしょうけれど、他の4名も監視対象に入っていてよ。忘れない事ね」
「はん、監視なんざ無意味だ。あいつがこの学園にいる限り、奴はアイドル並の人気度だからな」
「そういえば、中間テストの結果が出たみたいね?」
「1点差だ」
「なら、これからも優等生を演じ続けなければならないわね?」
「俺は何一つあいつに勝ててねぇ。だったら最初から優等生なんざやるんじゃなかったぜ」
「2位だって凄いものよ。十分高校生を満喫してるじゃない。一体どこで勉強してるのかしらね」
「はん、人気保険医には教えねー。てめーこそ、男子生徒をたぶらかしてんじゃねーよ」
「あら失礼ね。私は蜘蛛の巣を張っているだけ。このフェロモンに油断して寄ってくる青少年達が悪いのよ」
くすっと笑い、どこか楽しそうな笑みを浮かべる。
「暗くなる前に学区を抜けなさいよ?アンタの紋章は闇の時間に発現するのだから」
鎌衣は軽く左頬を擦り、当たり前だとでも言いたげな顔で返答をする。
そう、先日の宝ヶ池での戦闘の際、彼の頬には黒い紋章が描かれていた。高校生活を過ごす昼間はその紋章も消えるようで、だが神楽や卑埜、そして華槻も例外ではない。
尤も、卑埜と華槻に至っては昼間は何をしているのかすら不明なので問題はないようだが。
「宝ヶ池は完全に浄化されたようだが、連中のデータは取れた」
「あら。駿河の娘は?禁呪に侵されていて貴方が助けたのでしょう?」
「・・・・・」
「死なれちゃ困る、という顔ね、それは。それとも、最強の花嫁すらも欲しくなったのかしら?」
「さぁな。少なくとも、俺はあの男が持ち得ているものを全て奪うのみだ」










げた箱で靴に履き替えて、ふと気になった。
ポケットに入れている禁呪の球が何かに反応したからだ。
「・・?なんだ?」
外に向かって歩くと反応は治まり、逆に学校内に入ると一層反応が大きくなる。
それを目印に歩きだせば、グラウンド近くにある自販機に向かって一人の少女が背伸びをしていた。
欲しいジュースを買いたいのだろうが、手が届かないらしい。
それを察知し、鎌衣は後ろからそれを押してやる。
「あ」
「これでいいか?」
「ありがとうございますですわ〜〜」
ぺこっと小さくお辞儀をし、落ちてきたジュースを拾って嬉しそうにほほ笑む。―――駿河月詠、禁呪の球は彼女に反応していたらしい。
「鎌衣君、本当にありがとうございますですわ〜。欲しいものほど上にあって、いつも困ってますの〜。あ、そうですわ。鎌衣君は何か飲まれます〜?」
ジャケットのポケットから小銭をいくつか取り出し、月詠が尋ねる。
「あ?いや、俺は別に」
「このお茶はオススメですわよ〜〜。密羽ちゃんが美味しいって言ってましたの〜」
嬉しそうに楽しそうな顔を目の前に断るに断れず、うやむやな形で返事をしてしまう自分が情けない。
そして二人して近くのベンチに座り、互いに喉を潤すというなんとも不思議な光景になってしまう。
背後のグラウンドを見れば、部活も終了しているらしく無人だ。
「なんで俺の名前を知ってるんだ?」
「夜近様のクラスメイトですもの、当然ですわ〜。それに、掲示板に張り出された中間テストの順位結果でもお名前を拝見しましたし〜」
「不名誉な結果だ」
「それにそれに、鎌衣君のお名前、初めて拝見した時から覚えやすかったですし〜」
「覚えやすかった?人にはよく難しいって言われるがな。『鎌衣』は死神みてーだってな」
「そうですの〜?ワタクシは可愛いお名前だと思いますけれど〜〜」
鎌衣の思考が一瞬止まる。
鎌衣壬華―――自分にとって好みたくはない名前。
「壬華ちゃん、だなんて素敵ですわ〜〜」
「その名前で呼ぶな。俺は嫌ってる」
苛ついたかのようにペットボトルを2〜3口一気に飲み、不貞腐れた表情で月詠の声を拒絶した。それでも隣では『どうしてですの?』『ワタクシは好きですわ』などと、疑問詞が次々と飛び交っている。
「だからだ、女みてーな名前だから嫌だっつってんだ」
「あら、そんな事を気にしてましたの〜?麿ちゃんの『歌麿』よりかは遥かにマシだと思いますけれど〜」
何気に仲間を見下す発言である。
「で?お前はこんな所で何してんだ?下校しねぇのか?」
「夜近様をお待ちしておりますの〜。今日は生徒会会議だとかで遅くなるそうですから〜」
「一人で待つつもりだったのか?」
「ふふ、いつもの事ですわ〜」
不満も不快もない笑みで月詠は笑う。
この居心地のいい笑顔ですら、神門夜近のものなのだろうと思うと何故か腹が立つ。
「なら、その真剣もあの男の為のものか」
月詠の隣に立てかけられた二刀の剣を目にし、鎌衣は尋ねる。
「夜近様をお守りするのがワタクシの使命ですもの〜。いつ何時どんな輩が現れようと、夜近様に触れさせは致しませんわ〜〜」
校舎内で魔物が現れるワケでもなかろうに―――そこまで考え、鎌衣に一つの考えが浮かんだ。
もし今ここで魔物を出現させたらどうなるのだろう。
月詠の一部だった禁呪が反応を示しているというのに何も気づかない少女。恐らくは近すぎて感知できていないのだろう、この場所に完全に溶け込んでいる。

(丁度、背後のグラウンドは無人だ。あいつがどう反応しやがるか見てみるのも一興かもしんねぇ)

自然な動きでポケットに入っている珠に触れる。そこに最弱な魔力を与えれば事は簡単に起きた。
だがその瞬間、隣に座っている月詠の体が鎌衣の肩に落ちてくる。
「?おい、どうした」
「っ、申し訳まりませんわ、鎌ちゃん・・・この頃、ちょっと体調がよろしくありませんの・・」
「勝手にあだ名をつくるんじゃねぇよ」
「それどころではありませんの。ワタクシは―――」

いうなれば月詠の一部が詰まった珠だ、しかし鎌衣はこういう事態を予測していなかった。それでも月詠はその魔力を感知し、二刀の真剣を手に立ち上がる。
しかし、今の月詠に簡易結界の施されたリボンは装着されていない。花嫁の資格を剥奪されたのか、その辺りまでは分からないが。

「この瘴気は・・・グラウンド方面ですわね」

二刀真剣を腰に差し、多少フラつきながらも背後のグラウンドに向き直る。そこには、中央部分に真っ黒で歪な形が発現しかけていた。そしてそれは徐々に大きくなり、闇の中から獰猛な魔物が出現する。
骸骨にも似た仮面、月詠の数倍はあるだろう体格。猪にも似た体毛。地響きが起こってもおかしくはない雄たけび。


「抜刀を許可する」


気がつけば、いつの間にか目の前に夜近が立っていた。
蒼い髪をなびかせ、両腕はズボンのポケットに、さも当然だとばかりに仁王立ちだ。
「夜近様、ですが今のワタクシにはリボンが―――」
「あんな雑魚相手に必要なかろう。事が終われば、俺がお前を浄化してやる」
「御意」
夜近の力強い言葉が月詠を動かす。
その小さな体で素早い脚力で、グラウンド中央に出現し始めている魔物向って剣を抜く。
「この程度の魔物でしたら、一刀流で十分ですわね」
まずは頭上に一撃。雄たけびあげて暴れる剛毛な両腕を避けては背後に降り立ち、一刀の真剣を魔物の背後に宛がう。

「駿河一刀流。舞い散れ、奉遷恋華」

瞬間、剣が無数の桜の花びらを覆い、そして魔物の存在全てを覆い隠した。
「この時期に桜か。いい見物だな」
「・・・・」
鎌衣の言葉にも反応せず、夜近はただ正面だけを見つめる。
中ではもがいているだろう声が轟くが、月詠は剣士の顔で一言呟く。そう、それが魔物にとって最後の瞬間でもあった。

「枯れ果てなさい」

それはまるで命令のように、風が全てをさらっていく。
さらわれた後に残ったのは、空に舞う無数の桜の花びらのみだった。

「夜近っ!!」

弓道着姿の密羽と袴姿の歌麿が遅れて合流する。しかし事は終わったと知ると、二人は安堵のため息をついた。
そして勿論、鎌衣の存在に怪訝な顔を示すのは密羽だ。それに気付くと、鎌衣はぶっきら棒に立ち上がりながら、月詠に奢ってもらったお茶を見せつけながら去っていく。

「茶の礼だ。見なかった事にしといてやるよ」

次第にその背中も見えなくなるも、密羽は懸念する。
「いいのかい、夜近」
「俺の知る限りでは何事にも無関心な男だ。他言はせんだろう」
「けどよ、あいつ魔物も月詠の剣術も見たんだろ?」
「誰かに言った所で誰がそれを信じる?・・・魔物の存在に怯えすらしなかった態度は気にはなるが」
「記憶処置、しといた方がいいんじゃないのかい?」
「かまわん。害になるような奴なら、こんなあっさり帰ると思うか?」
「後々害になるかもしんないよ。言ったろ、アタシが見た緑髪の男―――」
「禁呪の一件から、月詠の体調がおかしい。禁呪の毒素は抜け切った筈だが、あいつを最優先に考えるべきだ」
「・・・・アンタがそう言うなら別にいいけど」
鎌衣が去った方角を見つめ、密羽は嫌な予感がしてならなかった。









「ちっ。たったあれだけでヒビが入りやがった」
手にした禁呪を憎そうな瞳で握りしめる。微弱な魔力で下等魔物を出現させただけで、禁呪の珠は枝分かれしたようなヒビが入っている。いや、もしかしたら月詠自身が退治したからなのか―――そこまで考え、鎌衣の中に一つの考えが浮かんだ。

「・・・こいつが、あの花嫁の命って事か?」

元は月詠の一部であった禁呪。この珠が全壊した時、月詠は死に至る。
そこまでの考えに至った時、鎌衣の中の何かが弾け飛んだ。

「くっ・・・、く、は、あっはははははッッ!!!これであの女は俺のものだ!!この珠がある限り、あの女は俺のものなんだ!!」

それはけたたましくも獰猛で、一種の快楽にも似た何か。
だが、手にした球は混沌な色をざわめつかせ、ヒビが徐々に消えていく。

「・・・あの野郎が浄化でもしやがったか。けど問題ねぇ。この珠を木端微塵にすりゃ、あの女は死ぬんだからな」

愉悦に酔い、快楽に溺れ、鎌衣はその嬉しさを噛みしめもせずに帰路を辿るのだった。









「やっぱリボン必要なんじゃないの?」
「早く作ってやれよ、夜近」
「そう急かすな。一番焦っているのは俺なんだぞ。第一、そんな簡単にあのリボンが作れるとでも思っているのか?」
鎌衣が去った後、4人は月詠の身を案じてか夜近を責めていた。
「ぁんだよ、白い布切れにぱぱぱーとなんか書きゃいいだけじゃねーか」
「・・・歌麿・・・時々お前と親友やめたい時がくる」
「歌麿、アンタが無知すぎるって言ってんの。月詠がしてたリボンはこの世にただ一つしか存在しない代物なんだよ」
「満月の晩に特別な場所でさらした特殊なリボンに、都爺が8人がかりで魔力を詰め込み、更にその後、俺が結界陣をリボンに封じる」
「その後に、夜近様が直々に呪詛を書いてくださりますの〜〜〜」
嬉しそうな月詠が、夜近の片腕にしがみつく。
「リボンの在庫というか予備はあった筈だからな、今頃は都爺が頑張ってくれてる頃だろう。早ければ今夜にでも渡せる手筈になってる」
「あれ以来、学校中持ちきりの話題だったからね。月詠がリボンしてないってだけで、花嫁じゃなくなったんだーって」
「失礼な話ですわ〜」
「けど、結局の所さ、都爺の奴らを騙す形でリボンを作らせてんだろ?お前どう説明したんだよ」
「説明などしてないさ。宝刀・都市主命令を発しただけだ」
「・・・うわ、最悪。お前が一番の悪人じゃねーか」
「どの道、あのリボンは役割を果たせない状態にあったからな、説明しなくとも都爺は分かってくれたとは思うが」
「で、保護してた筈の美人大和撫子消失―――っていう謎だけが残ったんだっけ?」
「ったく。こういう時だけ、歌麿と密羽は息が合うな」
「なんでこんな馬鹿なんかと!」
「なんでこんな冷徹女なんかと!」
「まぁ、ピッタリですわね〜〜。お似合いのカップル成立ですわ〜〜」
「怒るよ、月詠!!」
「まぁ密羽ちゃんたら〜〜〜」
ひょいっと夜近の後ろに隠れ、それでも楽しそうに月詠は笑う。
その笑みを見て、夜近は安心する。

守れた喜びを、知る。



第3話『それは風の如く君の導を知る』/09.03.3完






> それは風の如く君の導を知る

 

広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット