第弐章・第4話『夜近の章・失くした記憶/覚醒の時』
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未来からの使者が帰って一週間。
それはあまりにも早すぎる速度で過ぎ去っていったように思う。

「会長、そろそろ衣装に着替えてください」

これは副会長の盈祁 慶耶(みつるぎ けいや)だ。
ずり落ちそうになるメガネをなんども中指で直し、着替え一式を片手に携えながら話しかけてくる。
「もうそんな時間か?」
「月詠様は30分前から準備万端体制ですよ」
「あいつ、こういうの好きだからなぁ」
生徒会室の会長机に頬杖をつき、心ここにあらずといった表情で夜近はぼけーとしている。
何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。
「会場は既に満員です。立ち見客が出てるくらいです」
「分らんなぁ。高校生にもなって演劇が見たいのか?お前はどう思う?」
「ただでさえ会長と月詠様は学園で絶大な人気を誇りますから、当然だと思いますが」
衣装を手渡され、夜近はそれを一瞥してためいきをつく。
「はぁ・・」
「リハーサルではしませんでしたからね、接吻は」
「別にしたくないワケではないぞ。台本がある限り、俺はそれに従う。だがなぁ、あいつの場合役を忘れて暴走しそうでなぁ」
「やはりそんな事を考えてらしたのですか。・・ああ、そういえば、月詠様のお兄様も来ているらしいですよ」
瞬間、夜近の表情が一気に青ざめた。
「・・・もう一回言ってくれ」
「ですから、月詠様のお兄様も会場に―――

がたんッッ

机を叩くようにして一気に立ち上がり、夜近の表情はさっきよりも酷いものとなっている。
「殺される・・!」
月詠が日光に台本を見せたかどうかは知らないが、問題の接吻シーンを見られでもしたら所構わず抜刀するだろう。
しかも、標的を夜近に絞って。
「かいちょぉ〜〜まだですのん?あっ、まだ着替えもしてはりませんやん」
これは書記の桔吏巧流(きつり たくる)だ。
迫った時間が気になって生徒会室にまで足を運んできたのだろう。
「桔吏。会長の前ではその関西弁をやめろと何度も言ったはずだが?」
「え〜〜。しゃーないですやん。元々こんなんやし」
「仮にも生徒会役員に選ばれた誉を汚す気か?」
「慶耶先輩が敏感すぎるのが問題とちゃいます?現にホラ、神門会長からは何も言われませんもん」
「会長からも何か言ってやってください。第一、何故こんな問題児を生徒会役員に選んだんですか」
「品性はどうであれ、生徒会役員に選ばれる条件を全て満たしているから役員に抜擢した。それだけだが?」
「僕は認めませんよ、会長」
「成績優秀、家柄は茶道の宗家、運動神経も抜群に秀でている。何か問題があるか?」
そして盈祁は再度メガネをかけ直し、ゴホンと一つ咳をならした。
「慶耶、役員になる条件は登竜門みたいなモンだ。かなり厳しい条件を全てクリアしたお前も分るだろう」
テストの成績は元より、あらゆる場面においての生活態度。
どんな人物でどのような人間なのか。
頭の先から足のつま先まで、全てにおいて審査される。
これをクリアする人間はかなり少なく、一回でも遅刻経歴があればその時点でアウトにもなる。
それだけ厳しい条件をクリアしたのはたったの3人で、それが今の生徒会だ。
「あの〜、会長ぉ〜〜開演20分前ですけど・・・」
そして最後の一人が、会計を務める西園茉莉弥(さいおん まりや)だ。
「2時間延ばせ」
「無茶言わないでください、会長。会場はすでに御礼満員状態なんですから」
「3時間前から並んでた生徒もいたみたいですねん」
「暇人だな。その3時間で英単語の一つでも覚えればいいものを」
「とにかく、早く着替えてください。舞台の裏手に着替え室を設置しましたから」
「月詠が暴走したら止めに入れよ、絶対に」
「演者以外は舞台に出れませんよ」
「うぬぅ」

舞台となるのは、学園内に設置されている巨大ドーム、その中央に円形の舞台。 天窓は開閉自由で、通常は開けっ放しにしてある。だが、演劇に使用するとなると、スポットライトなどの関係で閉め切られている。
そこに何千人の学生達。
中にはチケットを売りさばいている生徒もいるらしい。
要は、そこまでして見たい舞台なのだ。
ちなみに大学部の演劇は夜近達の後に披露される。

(七夕の日には気をつけろ、か)

まるで警告のように言葉を置いていった未来の自分。
何かが起こる、それは何度もシュミレーションした。だが、何が起こるというのだろう。
だが、まずは学園の演劇を終えてからの話だ。
今は考えないよう努める。





「きゃ―――!!夜近様ぁぁぁ!!!!」
「月詠ちゃ―――ん!!!」

舞台にあがってからはずっとこの調子だ。
マイクホンを胸元につけているのだが、この歓声の前では無意味かもしれない。
とにかく歓声が酷く耳にこびりつく。
そして日光がどの席に座っているのか、という余裕もなく、物語は進んでいった。
いつもと違う羽衣に身を包んだ月詠は、どこからどう見ても天の川を渡る織姫にしか見えず、夜近もまた凛々しき牽牛だ。

「年に一度の逢瀬、織姫よ、我はそなたを恋い焦がれ待ちわびていた」
「彦星様、わらわも同じ気持ちで1年を過ごして参りました」
「この想い、嘘偽りなどではない。君が為、もう離しはしないと誓おう」
「そのお言葉、ずっとずっと待っておりました・・!」

二人の距離がゆっくりと近づいていく。

「・・・織姫」
「彦星様・・・」

「きゃ―――!!夜近様ぁぁぁ!!!嫌ぁ、キスは嫌―――!!!」

こいつら本当に舞台の内容を把握しているのだろうか。
単に親衛隊として見守ることができないだけなのではないのだろうか。
―――そんな事を思う。

夜近の手が、そっと月詠の頬に充てがられる。
慈愛に満ちた瞳。
言葉はなくとも伝わる思い。
もし仮に、本当に彦星と織姫が存在したならばこんな状況だったに違いない。

そして、二人の距離は徐々に距離を縮め、台本通りに進む―――

「・・・夜近様」
「今は織姫だろう」

小声なのでマイクには通らない。
それを都合のいいように考えたのか、二人は役も忘れて会話を続けた。
「さぁ、どーんと来てくださいまし〜。リハーサルではなくなく我慢しましたけれど、もう我慢なさらなくても大丈夫ですわ〜〜」
「我慢も何も、俺は最初からキスなど―――
「夜近様?今のは聞こえませんでしたわ〜?」
にっこりと微笑む般若の仮面。
そして後ずさりし始める牽牛。
「さぁ夜近様?この大衆の前で誓いのキスを〜〜」
「寄るな、近寄るなっ」
どんどん後退していく牽牛。それに負けじと、積極的すぎる織姫。
「まぁっ、女性にここまでリードさせておいてその態度は許しがたい態度ですわ〜〜!」
どこに隠し持っていたのか、月詠は愛用の二刀真剣を抜刀する。
「おまっ・・・!」
「織姫にも一年の愛欲がありましてよ〜!」
「なんだそれはっ!」
「駿河流―――じゃなくて、織姫二刀流・彦星求愛の円舞ッッ!!」
月詠の放つ波動は舞台上から観客席にまで被害は及んだ。
それを面白がる生徒もいればひやかす生徒もいる。
「ほほほほ〜〜!!この織姫から逃げられはしません事よ〜〜!」
「役名しか残っとらんだろーが!」
やっている事はいつもと全然変わらない。
だが、ここでキスの一つでもすればまた違う般若の鬼に攻撃される―――どちらがマシかなど考える余裕もなく、今の夜近は月詠の攻撃から逃げ切る事で精いっぱいだ。
何せ、今の夜近は丸腰だからである。
まさかこの台本で真剣が必要になるなど思ったはずもない。
「リハーサル通りにやれんのかっ、お前はッ!」
じりじりと詰め寄られる牽牛は、今この会話が会場中に鳴り響いている事も忘れて、ただ目の前で二刀真剣を構えている月詠に問う。
「ワタクシにとってはリハーサル通りですわ〜。ん〜・・、そうですわね、リハーサルではなくあっちが演技で今のこっちが本番といった感じでしょうか〜」
「だから俺は気が進まないと言ったんだ!慶耶、いるか!?」
副会長の名前を呼べば、「はい、ここに」と即答で声が返ってくる。
彼もまた今の状況に頭痛を起こしているらしく、『どうしたものか』などと考えているようだ。
「月詠を取り押さえろ!」
「生徒会役員である我々は演者ではないので」
「このまま放っておくと生徒に危害が及ぶ!そちらを最優先しろ!」
「分りました。会長命令とあらば、拒むわけにもいきませんからね」
そして西園と桔吏を呼び、口早に指示を出しては舞台に上がった。
「申し訳ありません、月詠様。舞台は一時中止とさせて頂きます」
夜近と月詠の間に割り込み、冷静な態度でメガネを中指でかけ直す。
「ワタクシと夜近様の、逢瀬の邪魔は許しませんわ〜〜!」
「月詠はん、彦星と織姫はどこにいきましたん?」
すっと月詠の背後に立ち、西園は小柄な月詠の体を拘束した。
「離してくださいまし〜!夜近様とのキスを、ずっと待ち焦がれてましたのよ〜〜!」
「それは二刀真剣をかざして言うセリフではありませんよ」
そして最後に桔吏が月詠の真剣を慎重に奪い取る。
ギラリと光る刃は扱い難く、その矛先は素人だからこそ畏怖恐れるものもある。だが、西園が背後から月詠の自由を奪っているおかげでなんとか真剣を奪う事に成功したようだ。
もちろん、月詠の腰にぶら下がる鞘も抜き取るのも忘れずに。









「はっはっは。なかなか面白かったぞ」
「面白がらないでください。こっちは大変だったんですから」
「下手なコント芝居よりは遙かに面白かったがな」

夕刻に差し掛かろう時間に、神門家内の夜近の個人部屋にて日光がまだ笑いを抑えきれないでいる。
あれから後。
もちろん月詠の暴走により演劇は中止となった。生徒会としては悲惨な目にあったが、夜近個人としては救われた部分もある。
そう、もしあのままキスを交わそうものなら、今度は日光が暴走するからである。ちなみに、日光も真剣を携えて会場内に来ていたらしい。

「それが牽牛の衣装か」
「はい。七夕の儀ではキスシーンなどありませんのでご心配なく」
毎年行われる、神門家内での七夕の儀。それは扇を使用して舞を踊り、牽牛と織姫の逢瀬を天に捧げるといったものだ。
そして夜近は自室でその豪華な衣装に着替えている最中で、寛ぐようにして壁を背に座っているのが日光。月詠は別室で着替えと化粧を行っている。
「毎年の事ながら思うが、伝統芸とは面倒臭いものだな」
「そういうものですよ」
「お前な、演者としてはそこは否定する所だろう」
「堅苦しいのは性に合わないんですよ。都市主という立場とて同様です」
「後悔でもしているのか?はっ、それこそ貴様らしくない」
「後悔する時間すら与えられなかったもので」

夜近の両親が死に、緊急とばかりに勝手に都市主の座に就かされてもう何年経つだろうか。
月詠を隣に置いて何年が経つだろうか。
そして―――日光に憧れを抱き始めたのはいつからだっただろう。

「正直な話、俺は日光殿が羨ましいのですよ」
「馬鹿な話はよせ。俺も駿河当主という座に就かされているんだ、貴様と傷の舐め合いなど御免だ」
「もっと自由が欲しかった。いっその事、神門家を潰してしまおうと考えた時期もありました。でも、できなかった」
「・・・・・・・」
「その頃には既に、隣に月詠がいたからです」
「婚約解消したくなかったとでも?」
「・・・さぁ、どうなんでしょう。俺にも分りかねます」
「当事者が第三者の視線で語ってくれるな」
「・・・そうですね。俺は生徒会長であり、神門家当主であり、都の頂点であり―――
「そして、俺の敵だ」
「ははは、言うと思いました。・・・・ですが、今現在進行形で神門家を失くす事ができるのなら」
「お前は喋りすぎだ。同盟を組んでいるとはいえ、駿河当主はいつ4大名家を抜けるか知らん。自分の身の保証を案じるならば滅多な事を口にするものじゃない」
欠伸混じりに、日光は鞘から真剣を抜く。
「迷いのある剣は剣士としての資格を失う。都市主が嫌ならば後継者を探せ。たかがそれだけの事だ。お前はいつも相手の100歩先を進んでいる。少しは歳相応の態度で生きてみろ。世界が変わる」
「世界、ですか」
「そうだ、世界だ」
帯を締め直し、夜近は少しの沈黙の後言葉を紡ぐ。
「・・・何か、忘れ物をしている気がするんです」
「・・・・・・・」
「とても大事な、何かを忘れているような気がするんです」
瞳を俯かせ、夜近は切なそうに独り言を語るように呟く。
「これも、満月の夜と関係があるのでしょうか」

満月の晩に必ず起こる、精神の乱れ。
どこでもない何かを必死に駆け抜け、残るのは現実的すぎる悪夢だけ。
だが、満月が去ってしまえば忘れてしまう。
そして、その晩は必ず月詠が傍にいてくれる。

「自分の事だろう、俺に聞いてどうする」
ちゃき と、刀の先端を夜近に向け、日光はため息を吐いた。
「今夜は満月だそうだが、七夕の儀は最後まで執り行え。都市主としてな」
「正直不安ですがね。何かが起きそうな気がします」
「演じる前から不安要素を持ち込むな。人間とは脆いものだ、暗示みたくその通りになってしまうぞ」
そうですね、と返事をした後、障子の向こう側から都爺の迎えがきたようだ。
「では、日光殿も今夜は楽しんでいかれてください」
「何を楽しむというのだ。能面にも似た儀式など、眠くなるだけだ」

日光らしい別れ文句だ、と笑いながら、夜近は都爺の後ろをついていく。そして残された日光は。

「満月の夜―――あいつはやはり覚えていないのか」

壁に更に重心をかけ、鞘に収めた真剣を軽く握る。

「お前は思い出さないままでいい。ずっと、闇の中を彷徨っているべきだ」

目を瞑り、ここにはいない夜近に声をかけた。




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