第弐章・第5話『歌麿の章・隠された真実』
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第弐章・第6話『歌麿の章・隠された真実』











赤い色。
赤い世界。
どこを見渡しても赤で染め上げられた真っ赤な世界。
そこに、俺はいつも独りで蹲っていた。

助けを呼ぼうとも思わなかった。
助けてほしいとも思わなかった。
寧ろ、この世界にいれば傷つかないで済む―――そんな事すら思った。


パチパチと、業火の燃える音が耳に響く。
何も見えない。
どうして俺はここにいるのだろう。


アカイ色。
アカイ世界。

俺ハ―――





「うわああぁぁぁぁっ!!」

呼吸が酷く苦しい。
動悸が激しい。
体中の汗がまとわりつく不快感。
時刻は朝の10時頃だろうか、今日は日曜日でゆっくりと眠りに就きたいというのに、またこの夢を見てしまった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・!」

ゆっくりと体を起こし、その右手で布団を渾身の力で握りしめる。
何故だろう、何かが怖かった―――気がする。
焦点の合ってない目でしばらくはその態勢のままでいたが、よくよく見ると、その掛け布団の上に水で絞られたタオルが乗っていた。この状況から見て何故それがここにあるか分からなかったが、右を向けば答えはそこにある。
涼が切なそうな、それでいて悲しそうな表情でそこにいたからだ。
その綺麗な腕でタオルを取り戻し、傍らに置いてあった桶で水を絞る。
そして歌麿を再び布団に潜らせ、その汗ばんだ額に冷たいタオルが乗せられた。

「・・?涼・・?」

涼は何も言わない。
ただ、悲しそうな表情でそこに座っているだけだった。

「おい、涼。何か言えよ」
「・・・また、見たの?」
「・・・お、おう・・」

―――赤き夢。
幼少時から繰り返し見せられる悪夢のような夢。
あれから10年は経っているというのに、まだ許してはくれない夢。
現実を受け入れられず、それは夢という形で歌麿を苦しませる。だが、肝心の本人は当時の事を全く覚えていない矛盾。
真実を話すべきだろうか、それとも隠したままの方が歌麿にとって幸せなのだろうか。
親友の両親を殺した挙句、自分の両親までもを殺した事実を。



『見てくれ、夜刀(やと)!!俺の息子はこんなにも凄い力を秘めているのだ!!!』
『馬鹿者ッッ!!この非常事態にそんな事を言っている場合か!!!』
『お前の息子の夜近よりも、歌麿の方が強い!!わははははは!!』



当時12歳だった涼にとって、この会話だけは忘れはしないだろう。
狂っている。
狂っているのだ、この父親は。
何もかもが不器用で一向に強くなれなかった歌麿を、あの父親は強引に儀式を行わせた。そしてその儀式に当時の都市主夫妻を呼び、まだ早すぎた儀式は歌麿の力の暴走によって屋敷も半壊した。
しかし、父親はそれを喜んでいた。
目の当たりにしながらも、愉悦に満ちた表情で喜んでいた。


「今日は寝てなさい。眠るのが怖いのなら、風に話し相手になってもらうわ」
「な、なんだよ、いつもなら『さっさと起きて鍛錬のひとつでもしなさい』 とか言うくせに」
「ワタクシは、今日は用事があるから何時に帰れるか分からないわ。お腹がすいたなら、腰元か風に作ってもらって頂戴」
「ぁ?どっか行くのか?」
「・・・ええ」

そして涼は重い腰を持ち上げ、最後の一言を告げた。


「・・・・神門家に」





久々に訪れた平和な休日。
密羽はいつものように自分の部屋で時代劇観賞しているだろうし、月詠は押しかけてこないし、歌麿も何故か今日に限って来ない。
休日とはいえ執務の多い俺を思っての事だろうか。
―――そう、都市主である彼に真の休日などある筈がなかった。
この一週間の都市内のデータ、それらを元にしたシミュレーション管理。魔物の被害と目撃者の割り出し。それらに加え、神門の歴史書に何が何処でどんな事が起こり、どう対処し、どう終わったのか―――そんな出来事を事細かく書き加えなければならない。
何をしても、頭の痛い書類の山積みだ。

「都市主様。追加書類でございます」

すっ と開けられた障子の向こうからは、都爺の一人が腰元に大量の書類を持たせて敬礼している。

「またか。まったく、これらを俺一人でさばけるとでも思っているのか」
「助手をおつけになりますか?」

夜近という男は、一人で何でもかんでも遣りきらなければ納得できない、という性格だった。それ故、例え優秀な助手をつけたとしても、その助手の作ったデータは自分が作ったものでなければ納得がいかない。どの資料を参考にこのようなデータを作ったのか。
それらを考えれば、一人でやった方が時間の節約にもなる。
―――そのせいで、夜近は都市主という名の元、全てを一人で作っているのだ。
ここで歌麿でも来てくれれば、修行の鍛錬という口実で放棄できるのだが。

そんな頃だろうか、もう一人の都爺が敬礼しながら室内に入ってくる。

「どうした」
「は。都市主様に面会したいと、来客者でございます」
「歌麿か?」
「いえ・・、鳳来寺が代理、涼様にございます」
「・・・涼が?」
「は。なんでも火急の用だそうで、謁見の間にてお待ち頂いております」

一瞬目を丸くしてしまうのも当然か。
日光と違い、夜近は涼と個人的な付き合いはないからだ。
意外な来客者。
仕事放棄の理由にしては充分だ、と、その重い腰を持ち上げて謁見の間に向かった。






「10年前の資料?」

謁見の間にて、涼が話した内容は酷くも簡単なものだった。
黒いドレスをラフに身にまとい、上座に座る夜近に話す。

「残っていない、とは言わせなくてよ。10年前の・・・・鳳来寺伝統儀式に関する資料。歌麿が失敗した儀式の事」
「・・・ああ、アレか」
「今すぐ必要なの」
「悪いが、過去の歴史書は持ち出し禁止なんだよ」
「じゃぁその場で読むわ。それなら文句ないでしょう?それに、アンタも息抜きができる。違って?」
「お見通し、ですか。さすがは日光殿と付き合いが長いだけあるなぁ」

要は、その書類を読むのを許可する代わりに、管理者でもある夜近に同席させる、という事だ。
簡単な話、夜近は見張り番、という事か。
だが、どの蔵に何の書類が収められているか―――皮肉にも、それらを完全に把握しているのも夜近だった。

二人揃って屋敷を出、東周りに石畳の上を歩く。
そして暫くすればいくつかの蔵が見えてくる。それらを夜近は無視をし、更に奥へと向かう。
見えてくるのは、先程まで見てきた蔵よりも数倍はでかく、だが所々朽ち始めている建物が3つ。

「10年前なら最近の部類に入るな。恐らくこっちだろう」

そう言い、夜近は3つ目の蔵の鍵を開けた。
「定期的に清掃は行っているが、煙臭いのは勘弁してくれると助かる」







「ちゅどーーん。どかっ、ばきっ。貴様何をするー」

歌麿は相変わらず布団に寝転がったまま、その傍には風が座っている。
そして、風のその手には週刊少年ジャ○プ。

「あーあー、もういい!なんで○ャンプの朗読を聞かされなきゃなんねーんだよ!しかも棒読みだし。つか、展開が分かんねーし!」
「涼に、歌麿の事よろしくって頼まれてんの。こっちだって好きでやってるワケじゃないっつーの。一瞬でも目を離せば、アンタどこに行くか分かんないし?」
「ぎくっ」

そう、歌麿はこの怠惰な時間が苦痛だった。
最初は日曜だから思いっきり寝ようと思ったものだが、ここまで来ると親友と鍛錬したくてウズウズしてくる。

「この風様が看病してやってんのに、逃げるワケ?」
「いや、逃げるとかそういうんじゃなくて・・・」
「じゃ、こっちの方がアンタ好み?」
そう言い、風は歌麿の机の引き出しを漁り、一冊の漫画雑誌を手にした。
それを瞬時に判断してしまった歌麿は思わず起き上がってしまい、だが風の肘鉄で顔面はまたもや布団に沈む。

「あはん、うふん。あは、ああ、そこぉーーー」

棒読み。

「男の手は徐に女の服を一枚一枚脱がしていき、女は早くしてと言わんばかりの表情で―――
「だぁぁぁぁぁぁ!!!!!ストップストップ!!!!」
「ぁあ?なんでよ。おもしろそーじゃん」
「つか、なんでお前が俺のエロ本の隠し場所知ってんだよ!!!」
「全部把握済みだけど?あとは、参考書のカバーに隠したエロ本、押し入れの段ボールの中に、一番上の段だけは少年コミックスだけど、それを除けばあとは全部エロ本の山とか、それから」
「あーあーあーあーあー、もういい!!!!」
思わず耳を塞ぎ、自分の痴態を晒された気分だ。

「で?風はこんなトコいていいのかよ?神門からの仕事は?」
「弟のアンタを優先するのが当然じゃん。南の結界の異変調査も終わったし、まぁ早い話、アンタをおもちゃにするのが仕事って感じ?」
「なんだよ、それ・・」
前半は嬉しいセリフが聞けたかと思いきや、コレだ。
「あー、くそっ。負けると分かってても夜近と手合わせしてる方がマシだ・・・っ」
「その夜近サマは、涼と面会中でざんね〜〜ん、って感じ?」
「つか、涼が夜近に何の用なんだよ?槍でも降るんじゃねーか?」
「さぁね。アタシは何も聞いてないし?」
「ホントかよ」
信じられる要素はない。
涼が行動を起こすという事は、風にも情報は回っている筈だ、と歌麿は考える。

「夜近も両親がいないのは同じだけどよ、もしこんな時親がいたらどんな感じなんだろうな」
「・・・・・・・・」
「んぁ?どうした?」
「べ、別に・・・」
「どうせ、自分達が俺の親代わりだって言うんだろ。聞き飽きたっつーの」
ごろんと風に背を向け、目を瞑る。
もしこんな時に親がいたら―――その言葉に眠る非情な現実を歌麿は知らない。
―――弟は知らないのだ。
いや、知らないままでいい。
風は一人、そう思う。






「10年前・・・・この辺だな」
「そうね」

昼間とはいえ薄暗い蔵の中。
古いランタンを片手に、背表紙に表記されている年号を見ては夜近が書簡を確認する。
さすがに誰も入る事のない蔵の中か、埃と古い書籍の匂いが混じり合い、思わず咳をしてしまいそうになる。
だが、確認作業はここでしか行えない為、もう少し長居する事になるだろう。

「アンタは、神門に貯蓄されてる書簡の内容の全てを把握しているのだったかしら」
「そうだな。幼き頃から、内容を覚えるまで何度も何度も読まされ続けてきたからな」
「なら、ワタクシの求めているモノも知っている、という事になるわね」
「・・・・あまりオススメはしたくないがな」
「?どういう事よ?」
「読めば分かる」

コレだ、と言わんばかりに古い書簡を涼に手渡し、夜近は適当な場所に腰を下ろした。
そして聞こえてくるのはページを捲る度に聞こえる掠れた音。

「自分の両親が何故死んだのか・・・子供にとっては知りたいものだろう?」
「・・・読み返したのね」
「ああ、何度もな」




○×△●年6月11日
『鳳来寺家伝統召喚儀式の執り行い』
鳳来寺家の跡取り息子・鳳来寺歌麿に当主としての力を授ける為、儀式を行うものとする。
五方陣を完成させ、鳳来寺が守護とする朱雀を蘇らせる事ができたならば成功とみなす。だが、儀式は失敗に終わる。
継ぐべき少年を救うべく都市主が刀で炎を切り裂くも、失敗に終わる。
その数分後、現都市主夫妻はまだ幼き少年の召喚した暴走する炎に包まれ死亡。尚、鳳来寺当主もこれに次いで死亡。
同時刻、鳳来寺姉妹が継ぐべき者の保護に成功。
唯一、鳳来寺家当主の妻の死骸だけは発見ならず。
後、長女がそれらしき者を見たとの報告があがるも、捜索には至らず。
少年からこれらの記憶を封じ、守護神でもある朱雀をも同時に封じる。
これをここに封じ、『殺戮者』である少年の処遇は監視するものとし、誰もこの事項には触れてはならぬものとする。



「・・・何、これ・・」
「・・・・」
「ワタクシの発言、残ってるじゃない!!何故捜索しなかったのよ!!」
「・・無駄だったんだよ」
「無駄ですって!?」
「現場にいなかったから分からんが、その時は都市主―――俺の両親を救うので手一杯だったらしい。兵士も数え切れないほど死んだらしいからな」
「それで歌麿を殺戮者扱いですって!!??なんでそんな汚名を着せられなくてはいけないのよ!!歌麿は利用されただけよ!!」
「そんな意見、通らないんだよ。ここではな。結果が全て。起こった事を書き示す。それを残す為だけの書簡でしかない」
「監視というのはワタクシ達の事だとでも!?」
「その為に、神門に協力しているんだろう?」
「この―――ッ!!」


パンッ   と一際荒い音が蔵の中に響く。


だが、夜近は否定も肯定もしなかった。
都市主としての冷たい眼光、全てを受け入れた者のみが見せる事のできる冷たい感情。
そして涼は、少し息を荒くしながらも赤い髪の毛を梳く。

「・・・・アンタの父親の形見、見せてあげましょうか」
「?」
ふと涼を見上げると、彼女はその繊細な指で背中のチャックを下ろしていた。
「涼、何を―――
「見なさい。これが―――アンタの父親が残した傷跡よ」

美しいと称される彼女の背中には、その風貌からは不似合いな傷跡が大きく残っていた。恐らくはもう色素も失われて治る事はないのだろう、その痕跡。
背中を抉るかのような一直線に走る傷跡。

「・・当時の都市主―――アンタの父親が放った一撃よ」


『継ぐべき少年を救うべく都市主が刀で炎を切り裂くも、失敗に終わる。』


「その時にはもう、ワタクシと風は歌麿の傍にいた。業火の中、ワタクシ達の叫びにも似た呼びかけで歌麿はなんとか意識を取り戻した」
「庇ったのか?」
「風と歌麿を抱きかかえるようにして、守ったわ。二人を。何よりも大事な二人を」
長女としての役目―――ではない。
大事だったのだ。
妹の風も、弟の歌麿も。
だから、力の波動がこちらに向かってると察知した瞬間、二人をその両腕の中に包み込んだ。
さすがは都市主の扱う波動か、その痛みと出血量は半端ではなかったが。当然、骨にも異常を感じたが―――だが、涼は耐えた。耐え抜いた。
少しでも弱った表情を見せる事無く、二人に向かって笑ったのだ。


『大丈夫よ。だから、アンタ達も笑いなさい』
『涼姉ェ・・・』
『なんて顔してるの、笑顔は自然と出てくるものなのよ?それとも、笑顔の作り方、忘れたの?』
『だ、だって、血が・・・』
『ワタクシは鳳来寺家の長女よ?こんなモノでくたばるとでも思って?』


必死に笑顔を作った。
心配かけさせないように。
悟られないように。

そして―――母親にも似た女を見た。

「今更、探そうにも探せないのが現状だ。諦めろ」
「諦めないわ」

先日の宝ヶ池で、当時と全く同じ衣装で身を包んだ女を見たのだから。
きっと、それがカギになる。
そう、信じている。




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はい、ようやくこの話です。
伏線を張り続けてきた話がようやく書けます。
初めは、この6話は密羽編だったんですが、色々整理していく内に、『先に歌麿を書いた方がまとまるな』と思い、急遽変更。
この話は、ちとシリアスが強いですが、楽しんで頂ければ嬉しい限りです。







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