第弐章・第5話『歌麿の章・隠された真実』
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広大な庭には季節相応の花が咲き誇っている。
様々な種類の花は色とりどりに、綺麗な庭を誇示しているようにも思えた。
庭師でも雇っているのだろうか―――涼は一人、そんな事を思った。
ここ、駿河家の庭の一角、その縁側に座ってどれぐらいの時間が経っただろう。その隣には腰元が用意した緑茶とささやかなお菓子が用意されており、それに口をつけて待ち人を待つ。
時間的にはそんなに経っていないのだろうが、何故かこの庭を見つめる事に飽きない。短い時間かもしれないし、長い時間かもしれない。よくは分からないが、精神的に安心する。
―――そんな頃だろうか、待ち人から声をかけられたのは。

「すまないね。待たせたかね?」
「・・・いいえ」

珍しく見る袴姿の日光。不精に伸ばしている髪の毛も、ポニーテールに括ってどこか新鮮なイメージだ。
道場で指導にあたっていたのだろう、今は月詠と交代してきたと語る。

「元気活発ね。ここまで声が聞こえてきそうだわ」
「皆律儀にやって来るものだからサボリにくい」
「当主として、それぐらいは面倒みなさい」

駿河家の近所周辺の子供達を中心に、毎日決まった時間にやって来る門下生。中には本気で武道を極める為に通ってくる者もいれば、騎士道精神を学ぶ為に通う者もいる。その指導にあたっているのが日光で、都合が悪い時はたまに月詠がその役目につく時もある。今がその例だろう。

「君からの訪問とは珍しい。何か大事な用件かね?」
「・・・さぁ、どうかしら。受け取り方によって違ってくるとは思うけれど」
「とりあえず、茶席にでも座りたまえ。縁側で庭を眺めながらする話でもなかろう?」

謁見の間に通さなかったという事は、日光に個人的な用件があって来たという事は明白だ。
涼も素直に縁側を離れて室内に入り、敷かれている座布団の上に腰をおとす。その正面には日光が座り、再び腰元がお茶を持ってやって来る。

「・・・10年前の事を調べてきたわ」
「ほう?収穫でもあったかね」
「ええ、神門家は全てを把握した上で私達を利用しているのだと知ったばかりよ」
「利用、ね。言い方はそれぞれだとは思うが、君にとっては喜ばしい収穫ではなかったという事か」
「先日言ったでしょう?当時発言した私の言葉すらも神門家は相手にしなかった、と。でもそれは嘘だった」
業火の中で母に似た人を見た―――先日、日光に話した内容だ。
「探さなかったのは真実であろう?」
「夜近は当時の都市主・・・両親の葬儀を優先したからだ、とは言っていたけれど。どこまで信用したらいいのかしらね」
「あの事件で兵士達人員も大幅に減ったと聞かされている。捜索しようにも人員不足、嘘ではないと思うがね」
「けれど、それを見逃したのは事実よ」
「見逃した事によって何か不都合な事があるのかね?」
「・・・・・・」

見逃したのは事実だ。
だが、それによって何かが起きたわけでもない。
という事は、単に涼個人の事情と括られてしまうだろう。
しかし、先日の宝ヶ池で同じ人物と接触した。これも事実だ。
10年前のあの日と、何か繋がりがあるような気がする―――明確な証拠こそないが。

「背中の傷・・・夜近に見せたわ」
「・・ほう?隠し続けるのではなかったのかね?知る者は俺だけだと思っていたが」
「当時の惨事を知らせてやりたかったのよ。自分の父親の形見を見せてやりたかったのよ。歌麿だけじゃない、夜近にとっても歯車が狂った事件なのよ」




両親が死んで俺は独りになった―――





「同情かね?」
「そんないいものではないわ。生まれた時から次期当主と決められていた、生まれた時から力があったから誰も夜近を心配などしなかった。・・・少し不憫に思っただけよ・・・」

夜近には『力』があった。
その力の使い方も分かっていた。知っていた。
しかし周りは夜近を心配などしなかった。誰も近づこうともしなかった。
強かったから。
そう、子供ながらに大人を相手にし、その鍛錬に付き合える者は多くなかったのだ。
一方歌麿は、生まれながらに力を持ち得ていたというのに力の使い道を知らなかった。
だが常に傍に誰かがいて、褒められたり叱られたり、一人になる時間は少なかった。
しかし、強くはなれなかった。

「まるでシーソーゲームだな」
出された緑茶を啜り、日光は溜息をつく。
比べるつもりはないが、全てにおいて全く正反対の境遇に育った夜近と歌麿。
歌麿に言わせれば『夜近は優等生で俺は劣等生だ』とでも言うのだろうが―――

「それで?今更亡き父親のとった行動に愚痴でも?」

夜刀に見せつけた息子の力は想像を絶するものだった事だろう。だが、それは制御のきかない暴走という形で自らも死んだ。
自分だけではない、都の頂点の座に座る都市主夫妻すらも犠牲にして、だ。これで父親が生きていたのならば処刑ものだが、現に亡くなっている以上、責任問題はどこに押しつけても問題が発生するだろう。
当時生き残った3人の子供にその責任を負わせるのは見当違いであろうし、かといって鳳来寺家を4大名家から除名するというのも不可能な話である。
勿論、元凶である歌麿に責任を求めるのが妥当な判断なのだろうが、涼が鳳来寺当主代理と名乗った時点で彼は救われている。
そう、涼はあの日の出来事の全てにおいて、多大なる罪を自分だけのものにした。
歌麿を守る為に。

「君はいつもそれだな。全ては歌麿の為、歌麿を守る為―――過保護と思われても否定できんよ」
「だから、ワタクシはアンタと別れた」
「覚えているさ。昨日の事のようにな。・・・俺の時計は、あの日で止まったままだ」
「責任をとるつもりはなくてよ」
「何度も言っているだろう。君が歌麿という保護から解放されれば、きっと君は俺の元に帰って来るのだと」
「・・・・そう、信じているの?」
「ああ」


『身近な場所で距離を一切変えずに、そこにいる事に絶対の信頼を持ってるワケでもないでしょーに』


ふいに、風の言葉が脳裏をよぎる。

「・・・これからも、信じ続けるつもり?」
「ああ」
正面から受け止められ、だがその表情は至って真剣で、揺らぎない瞳が涼をとらえる。
しかし、目を逸らしたのは涼の方だった。
「・・・別れを告げたのは5年前だったかしらね・・・」
「もうそんなに経つのか。早いな」
「別れを告げたのは、ワタクシの我儘。引きとめてくれると思ってたわ」
「君は俺と歌麿を天秤にかけ、選んだのは弟の歌麿だった。俺に選択肢など与えてはくれなかっただろう。だが、引きとめたとして、君の意思は変わったか?」
「・・・・いいえ」
少しだけ考える仕草を見せ、涼は頭を振った。
あの事件以来、風と涼は歌麿を守る為だけに生きてきた。
いずれは涼も当主代理ではなくなる身、歌麿には強くなってもらわなくてはならない。だが、その当の本人は『普通』を望んでいるのも事実。
ならば、その彼が望む『普通』に近い環境で弟を守ると誓ったのだ。
勿論、今の現状をずるずると引き延ばしているワケではない。いずれは弟の歌麿が鳳来寺当主になるのだ、修行も鍛錬も欠かさず行わせている。
だが、弟はまだまだ弱いままだ。
しかし、歌麿にとって自分の力が必要ないと判断した時―――それが、涼と風にとって解放される瞬間でもある。


「・・・君の傷が見たい」


落ち着いた声が届き、はっと我に返ると正面では日光が微笑んでいた。
否定する理由もない、涼は徐に立ち上がって日光の傍まで行き、後ろ向きに腰を落とした。そしてその赤い髪を前に垂らせば、自然と彼の指がチャックを下ろしていく。

「今でも覚えているよ。君はこの傷を『穢れ』と言って、俺を穢したくないと言って、見られたくない一心で抱かせてはくれなかった。いつも、キス止まりだった」
「繊細な女なのよ、ワタクシは」
自分で言うセリフではないが、何故か日光の前では意地を張ってしまう。

「守らなくてはいけないものができたから別れてくれ―――どれ程ショックだったか、君に分かるか?」

今日こそは言おう、今日こそは別れを告げよう―――だが、日光の愛情に包まれて中々口にできなかった過去の自分。
日光にとっては、スキップを踏むぐらいに未来を夢見た過去。だが、それは5年前に頑丈な鎖で封じられた。いや、崩壊されそうになったのを封じたのだ。

「・・っ」

背中にざらりとした感覚が、それでいて小さな水音も聞こえてくる。
女王様の涼に似つかわしくないその一直線に走る大きな傷を、日光の舌が舐めたのだ。

「感覚は生きているようだな」
「色素は戻らないそうよ。傷も一生治らない。当時の医者に言われたセリフよ」
「この傷に嫉妬するよ」

永遠に涼の体に刻まれる刻印―――そして日光は涼を後ろから抱きしめ(背中は空いたままだ)、赤い髪をまさぐって彼女の耳を探す。

「・・・いい香りだ。・・・君といると酷く落ち着く」
「精神安定剤でも飲んだらどう?」
安らかな眠りにも似た怠惰感。
背中を守る彼にもたれかけ、涼は小さく言葉を発した。

「・・・・・・・・ワタクシもよ。アンタといると・・・・落ち着く」

プライドも愛していた男でさえも捨てて選んだ選択肢。
本当にこれでよかったのか―――などと考えなかったワケではない。だが、目的は一つ、迷いなど許されなかった。

―――歌麿を守らなくては。
―――私がしっかりしなくては。

罪も責務も、酷く重かった。
途中、何度放棄しようと思った事か。
だが、歌麿を思えばそんな真似できた筈もない。
ましてや自分は鳳来寺家の長女なのだ、自分が率いらなければ。
―――気がつけば様々なものを背負っていた。
だが、気がつけばいつも日光が何かしらの手段で傍にいてくれた。

邪魔。
帰って。
暇人の相手なら余所をあたって。

―――何度彼の心を切り裂いた事だろう。
日光は知っていて傍にいてくれたのだろうか、それとも単なる偶然なのか。
いや、この男の場合は知略した上で傍にいたのだろう。どれだけ邪険に扱っても、お得意の笑顔で笑うのだ。

「・・・まだ、貴方の隣は空いている?」
「ああ。君で予約済みだ」

耳たぶを軽く噛まれ、その奥に軽く舌が侵入してくる。だが、涼は拒まなかった。
思考すらも放棄されそうになる、軽い愛撫。
心地よかった。
付き合っていた頃を思い出す。


『アンタは硬派ではないわね』
『おやおや、これでも君一筋なのだがね。・・・まだ、伝わっていないと?』

当時、彼は煙草ではなくキセルを吸っていた。
ヘビースモーカーなのは今も同じだが、煙草と違いキセルはニコチンとタールが直接入っているので慣れていないと相当きつい代物だ。
涼にはその違いが分からなかったが、『こっちの方が俺に似合うだろう?』と軽く微笑むその笑顔が好きだった。
布団の中から、いつもその姿を眺めていた。 



好きだった。
愛していた。
別れが訪れるなど、欠片として思ってもいなかった。
だが、別れを切り出したのは自分だ。
弱かった、自分。


『別、れる・・・?はは、笑えない冗談はよしてくれ、涼』
『・・・・・』

信じて欲しかった。
信じて欲しくなかった。
だが、涼はあえて冷たい視線を『作った』。


『・・・本気で言っているのかね?』
『そうよ。アンタとの縁もこれでおしまい。別の女を探すことね』

自分以外の女を抱いてなど欲しくなかった。
そんな姿、想像もしたくなかった。
嫌で嫌で、けれど現実と向き合うには日光という存在は邪魔だった。
甘えてしまう。それでは駄目なのだと、何度も何度も自分に言い聞かせた。
だが、涙が溢れて止まらなかった。

『理解して、なんて我儘は・・言わない、わ・・っ・・だけど、だけど・・っ・・!』

好き。
愛してる。

『守りたい、の・・!歌麿を守りたいの、守らなくてはだめなの・・っ・・!』

日光は強い。けれど、弟は違う。
日光なら一人でも大丈夫。でも歌麿は誰かがいないと―――


『・・・・それが、君の答えか?』


言葉に詰まった。
そんな冷静な声が返ってくるとは思わなかったからだ。
殴られる覚悟もしていたというのに、小さな溜息とそんな言葉が届く。

『ここ数日、何が言いたげな感じはしていた。だが、まさか別れてくれ、などと言われるとは思っていなかったな』

参った、とばかりに不精な髪を掻き、日光はその表情を隠した。
そして。


『待ち続けるのは罪かね?』


「この5年、あの時の貴方の顔を忘れた事はなかったわ。なのに、ワタクシの前にいつもヒョイヒョイとフラフラと現れては去っていく。別れを告げた女なのに、どういう神経をしているのか分からなかったわ」
後ろから抱きしめられ、心地よい感覚。まるであの頃に戻ったかのようだ。
その背中に委ね、恋人だった頃の心地よさを知る。

―――こんなにも暖かい。

「ん・・・」

自然とキスを受け入れていた。

戻りたい。
戻れない。

「・・・今夜、泊まっていくかね?」

聞かなくても分かる。
情事のお誘いだ。
首を斜めに固定しながら、涼の瞳は恍惚に溺れている。

だが。

「・・・歌麿が待っているわ。私の今の居場所はあそこなの。今の居場所はここじゃない」
「そうか」
その答えを知っていたかのように、日光は残念そうな顔もせずに受け入れた。
そしてゆるりと涼の体を優しく更に抱きしめ、赤い髪に顔を埋め、呟く。


「・・・・待っているよ」


「気功ってのは手に集い易いの。魔術もそれと同じで、掌から指先にかけて集中すればいいだけだっつーの」
「ぐぬおおおおおおおお」
正面の風の右手には炎が燃え盛っている。
―――もう夕方で鍛錬の方は終わったらしいが、今度は魔力の指導にまわっている風だ。何度も見本を見せているのだが、歌麿は声だけは立派でも成果はない。
「だーーーーーッ、もう分かんねーよ!!」
「・・・あっきれた・・・」

自らの魔力で出していた炎を消し、風は頭痛を知る。そんな頃に、涼が帰ってきた。
時刻にして19時あたりだろうか。
風は時間も忘れて指導し続けていたらしい。

「あら。まだやっていたのね。夕飯の支度は?」
「腰元らの料理班にやらせてる。つーか涼、こいつ、ほんっっっとダメダメじゃん」
「体術はそこそこにできるのではなくて?」
「こいつ、背だけはあるから小回りが利かないの。懐に入られたら終わりってカンジ」
「歌麿」
「涼までぁんだよ、説教なら聞き飽きた」
「夜近と体術の鍛錬もやっていて?」
「おう、やってるぜ。体格も同じくらいだからな、戦いやすい」
その場に座り込み、歌麿は酷い疲労感を味わっていた。
「こいつ、ホントに鳳来寺の跡継ぎなワケ?アタシらの方が強いんだけど」
「風ッ」
一言多かった。
歌麿は『普通』を望んでいる、その状況下で鍛錬を行わせているのだ。跡継ぎだとかいう単語はNGワード。
「あー・・・っと、ごめん。歌麿、今の忘れて」
「ぁ?疲れて聞いてなかった。何言ったんだ?」


・・・・・筋金入りの馬鹿だった事に感謝する二人であった。





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