番外編『奏鳴曲』サンプル
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番外編『奏鳴曲』サンプル










※番外編『奏鳴曲』の一部分です。
オンライン公開はしておりませんので、ご了承ください。
オフのみの販売です。




その昔、この京の都には『島原』と呼ばれる存在があった。
だがそれは、誰もが知る街の名前でありながら名前ではなく、ただの通称名称。
その歴史は天正13年、つまりは豊臣秀吉の時代にまで遡ると云われており、天正17年に『その存在』は世の中に広まっていく。
当時の呼び名は現在では廃止されているものの、その存在は今でも確かにあるのも事実。
それの一番最初の名称は『新屋敷』だっただろうか、そして次第に『遊郭』と呼ばれ、現在では――――『娼館』と。

当時『島原』の時代に栄えていた遊郭は、京の都内に移転という形で散らばってしまったが、その中でも大家と呼ばれる大手名門は今の祇園の中で今日も賑やかな街を演出していた。

辺りを照らす提燈道はまるで祭りのように光り輝き、祇園ならではの石畳道を遊女達が男と並んで歩く姿もごく普通の光景だ。檻のような囲いの中に入れられた複数の女性達が、柵の中から手を伸ばして『私を買って』と甘い吐息で叫ぶ。
それを買う者、品定めする者、店を比べてただ歩く者、それは様々だ。
だが、その区域では一晩中賑やかな声が途切れる事はない。
それはまさに、戦乱にも似た風景。
まるで島原の乱にも似た騒ぎから、人々は『島原』と呼び始めたのだろう。


――――そんな中に、夜近は護衛の者と共にいる。
無論、一般人を装って私服の呉服着でだが。

「さぁて、今夜はどの店に入るかな」
「この辺りは名家の集まりですからね、どの店でもハズレはないですよ」
「へぇ、やけに詳しいんだな。ま、その辺りの規律は設けてないから好きに遊ぼうが構わんぞ」
「や、夜近様。――――あそこなんかどうです?あそこの太夫は一級品ですよ」
「お前ね・・・しっかり護衛してくれてるんだろうな?」
「それは勿論ですとも!お仕えする我が都市主・夜近様の為、この命に代えましても――――」
「声がでかい」

だが、共に歩く彼がどんなに大声を出そうとも決して目立たない場所である。
それ以上に喧騒は酷くやかましく、どんなに有名人の夜近であってもこの中に紛れてしまえばただの『客』にしか見えないからだ。

「じゃぁ、その一級品の太夫とやらにお相手してもらうとするか」

面倒臭そうな面持ちでその暖簾(のれん)をくぐれば、番人と思われし中年男性が出迎えてくる。
その後ろには女郎(娼婦)の名前がずらりと並べられており、現在相手中の女郎の立て札は下げられているようだ。
「いらしゃいませ――――・・・おや、夜近様ではありませんか。お忍びですかな?」
「似たようなものだ。この店の一番人気は空いているか?」
「一番人気といいますと、太夫か天神ですな」

太夫か天神――――
遊郭の慣わしは現在でも引き継がれているらしい。
その呼び名は遊女としての格を示すものであり、約8つ程に分けられている。無論、一番上位の女郎の名前は『太夫』であり、その下に『天神』が続く。

とりあえず部屋にご案内しますと促され、二人は番人の後ろを続くのだった。
長屋を改造して造ってあるだろう建物は、屋敷と個室が別々に分けられている。
屋敷――――つまりは室内は主に食事や踊りを楽しむ為の場所であり、個室は想像通りの場所だ。
尤も、名家以外の遊郭では料理を楽しむ席も個室も合体させた狭い密室が多い為、その点を考えるとこの店は贅沢な仕様だと云える。
それとも、夜近が通される場所だけは特別室なのか。

「芸子はおつけしますか?」
「いや、いい。とりあえず、料理と太夫を」
「かしこまりました。すぐさま、太夫をお呼びいたしますので暫しお待ちを」

特に考え事もしてない顔で座敷内に入り込めば、夜近は近場の座布団の上に座り込んでいく。徐に肘をつき、気だるい顔つきで溜息すらついていた。
そう、期待と嬉しさを隠しきれない護衛の彼とは正反対である。
「嬉しそうな顔をするな」
「も、申し訳ありません。この店は久方ぶりなものですから――――」
「高いのか?」
「そりゃもう・・。一般兵の某では、料理だけで底をつきます。それに太夫を加えるとなると、破産ですよ」
まだ若い兵士は、「生きてて良かった」などと感涙している。
「それよりも夜近様、良いのですか?」
「何がだ?金なら心配はない、経費として落とすよう都爺に通達してある」
「いえ、そうではなくてですね――――・・・夜近様の婚約者様であられる月詠様がお知りになられたら・・」

その瞬間、今まで無関心な顔を維持していた夜近の顔に動揺が見えた。
彼女の姿が脳裏に見えたのか、目を見開き――――すぐさま思い直しては再度溜息をつく。

「知らさなければ問題はなかろう。もしあいつが知ってみろ、この祇園に女の姿は消えてなくなるぞ」

それは、嫌という程信憑性の高い話なのだから背筋が凍るも当然だ。
あの彼女の事、遊郭に出向いた夜近を責めるよりも、相手をした遊女を二刀流の餌食にする事はまず間違いない。
「言った所で理解してもらえるとも思えんしな。ならば、黙ってるが得策だ」
「ですが夜近様、ここの所連夜でございましょう?」
「おかげで寝不足だ」
「我ら兵士、護衛付添い人の代わりは幾らでもいますが、都市主・夜近様の代わりはおりませぬ。厄介な事にならぬ事を願うばかりですよ」
「願うだけなら神様も安労働だな」

そんな雑談を交わしていれば、縁側沿いの襖が静かに開いていく。
そして、付き添いの女郎と共に、煌びやかな着物で身を包む一人の華麗たる女性が姿を現すのだった。






■□■
――――翌日、早朝。
月詠と密羽は、いつもと同じ待ち合わせ場所のベンチで待ち人を待っていた。
無論、登校途中である。

「はぁ?何が変だって?」

朝独特の心地よい風を満喫するも、密羽は隣の親友に対して呆れた声を出していた。
幼い童顔の、並んでいれば姉妹とでも間違えられそうなその風貌。
その両腰にはやはり今日も二刀の真剣が差されているが。

「最近、夜近様の様子がおかしいのですわ」
「あぁ、昨日も一昨日も言ってたね」
「ここの所、夜に出動命令が出ることはありませんのに、毎日欠伸ばかりされてますし・・」
「執務が溜まってんじゃないの?あれでも都市主、事務作業も山ほどあるんだろ」
「ワタクシも、そう思いたいですわ〜〜・・でも・・」

意気消沈する彼女の横顔は、まさに人形の憂いさを持ち合わせている。
その麗しい顔が曇るだけで、見ている方までもが悲しい気分になってくる。

「そう思えない証拠でも掴んだっての?ストーカーだね」
「密羽ちゃん〜〜っ、ワタクシは本気で・・!」
「で、何さ?」
「・・・・昨夜、夜近様に会いに行きましたの」
「仕事してたんだろ?」
「――――いいえ・・」
「じゃぁ何さ?」
「夜近様、いらっしゃいませんでしたわ」
「じゃぁ出かけてたんだろ?別に不思議な事でも――――」
「一昨日も、その前も、その前の前もですわよ?屋敷の方を問い詰めて聞き出したら、一週間も続いてるそうですわ。おまけに、帰りは朝方なのだと」

さすがの密羽でも、その材料から導き出される仮定を彼女に示す訳にはいかなかった。

『女にでも会いにいってるんだろ』

――――などと、どうして言えようか。
ただでさえ恋愛ごとは苦手な密羽の事、隣の親友に何と言ってやればいいのか暫し悩み、少し間を空けてでも出た声に感謝した。
「仕事絡みじゃないの?あの男が何かに執着するなんて有り得ないだろ」

裏を返せば、『月詠にも執着しない』という意味にも聞こえるのだが、密羽にそこまでの考えはない。ただ単に、隣の彼女の思考を支配するその考えをどかしてやる一心だ。
「どこに行ってるだとかは、夜近様から口止めされてるとかで教えてはくださいませんでしたわ」
「都市主の命令は絶対だからね。例えアンタでも言えないんだろ」
「ですけど、そこまでして隠すのもおかしいと――――」

(アタリっぽいね、こりゃ)

自分の行動に関して口封じを施すのは、それを知る範囲を狭める為のものだ。
同じ戦士として、そして婚約者の月詠にすらもそれが言えないとなると、おそらくは彼女限定で言えない理由があると考えていい。
あとは決定的な証拠でもあれば逃げ道はないが――――あの夜近の事、そんなヘマはしないだろう。

そんな頃には正面に見知った姿が見え始め、密羽は少しの溜息の後に腰を徐に上げていた。
「密羽ちゃん?」
「歌麿と先に行ってるから、二人でゆっくり来なよ。喧嘩でも何なり、アンタの気の済むまでやればいいさ」
ぶっきら棒な言い方だが、それが密羽なりの思いやりだと月詠も知っている。
密羽自身が夜近に何かしら仕出かさないのも、それが月詠と夜近の問題なのだと知っているから、彼女はただ聞き役に徹するのだ。
そこで自分が月詠の味方として弓矢を夜近に向けてしまえば、その関係性に夜近と月詠の間に亀裂が入る可能性だってある。
――――それだけは避けたいのだろう。

一人勝手に背中を向ける黄色い髪の少女をそのまま見送れば、朝の風はざわめいている。
それは月詠だけが感じるものなのか、上から舞い落ちてくる葉はベンチの上に寝所を求める。
それを片手で拾い、何を思うでもなく――――

少しの時間が過ぎていく。


「――――月詠。・・月詠?」


頭上から聞こえてくる声が、脳裏で意識されるまで時間がかかった。
思わず上を見上げれば、学生服姿の夜近がいつもと変わらぬ顔で立っている。
密羽が去ってからそんなに時間は経っていないのだろうが、月詠の中では随分と時間が経過している。いや、それとも時間すら感じない空間に捕らわれていたと称する方が近いだろうか。

「あ、や、夜近様――――えっと、おはようございますですわ」
「ああ」

いつもと同じように一言だけ返事が聞こえ、月詠はようやくベンチから重い腰を持ち上げては夜近の隣を占領する。
だが、それでもその異変に夜近は気づいたらしい。
「どうした、月詠」
「え、な、何がですか?」
「今日は元気がないな。何かあったか?」

言葉を発するでもなく、ただ静かに首を数回振っていた。
彼に心配をかけたくない本心の方が勝っていたらしい。
月詠のその様子に不思議そうな顔を見せるものの、夜近はそれ以上追求する事はやめては足を学校向かって進ませていく。
慌てて追いかければ、月詠の見えない角度で欠伸をしている姿が見えた。
いや、夜近は隠れて行っているつもりらしかったが、いつも以上に敏感になっている彼女にしてみれば容易く知れてしまう。
「あの、夜近様。今日も寝不足ですの?」
「あぁ、あまり寝てなくてな」
欠伸がバレてしまっているらしい事を察すると、隠すのは無用と思い直す夜近である。そして、数秒毎に欠伸が出てくるのを片手の掌で添えるだけだった。
「お仕事が溜まっておりますの?」
「ん?あぁ、そうだな」
最低限な言葉しか返ってこない言葉に、どんどん気持ちが落ちていくのを知る。
いや、いつももこんな感じだっただろうか。
普段から必要以上の言葉は少ない夜近だが、今は月詠との会話よりも眠気に襲われているせいかもしれない。だが、幼い顔をしているとはいえ――――月詠も一人の女性だ。敏感な感性故、自身の中で様々な天秤が重さを量りあっている。

「どうした、月詠。今日は本当に元気がないな」
「そう・・・・でしょうか・・」
「あぁ、声までもが沈んでるぞ。日光殿と喧嘩でもしたか?」
「いえ・・兄様は出かけに切り刻んできましたわ・・」
沈んだ声帯で言われると、いつも以上の恐怖である。
大方、学校に向かう彼女をギリギリまで引き止めて粘ったのだろう日光だ。
「なら何だ?嫌な夢でも見たか?体調でも悪いのか?」
「いえ、本当に・・・――――・・大丈夫、です・・から・・」


元気に笑って返事をしようと、思っていた。

夜近が頻りに自分を心配してくれるのは正直嬉しい事でもあり、そして心配をかけさせてはならないという務めの狭間に挟まれて、やはり『婚約者』としての自立を選んだ。 だが、顔を上げようと思った瞬間、隣を歩く夜近から一瞬違和感を感じたのである。
いや、それは『違和感』ではなく、異種的な香り――――つまりは、現実的なものだ。


(・・香水・・――――・・)


大丈夫ですから、と唱えた声は、どこまで彼に届いたかは定かではない。
その漂ってくる匂いに驚愕し、立ち止まってさえいた。
月詠本人は気づいていなくとも、ダメージは相当でかいようだ。
あの強気な月詠がこうまで異変を見せるのだから、夜近も思わず立ち止まる月詠を振り返っている。

「おい、月詠――――本当に大丈夫か?具合が悪いのなら・・」
「夜近様――――毎晩お忙しいお仕事とは・・、どのようなものですの・・?」
「それがお前に関係あるのか?」

――――関係ある、と言いたくとも、自分の中の『花嫁』という自立心がそれを拒む。 何があろうとも、彼を支え守るのが務めだ。
何があろうとも、彼を何一つ拒む事は許されない。
それを承知で、月詠は『最強の花嫁』という肩書きを手にしている。

「あの、昨夜は――――一体どちらに・・?」
「――――来たのか?」
「は、はい。お会いしたくて参ったのですけれど・・」

彼の姿はどこにも見当たらなかった。
執務室にも書斎にも鍛錬場にも、ましてや謁見室にも。
寝てるのかと思い寝室も覗いてみたが、布団すら敷いていなかった。

「野暮用で出払っていたんだ」
「一週間も連夜、野暮用ですの・・?」

俯いた視線は、何を見ていたのか分からない。
正面から突き刺さってくる視線は必要以上に痛くもあり、恐怖でもあった。
何故自分以外の女と毎晩過ごしているなどと、どうして問えようか。
だからこそ、回りくどくとも小さな棘で自分の存在を見せるしかできないでいる。
それが夜近にとってどんなダメージになるのかは知らないが、それでも月詠は知りたいと願う。

「誰に聞いた?」
「女中の方に――――・・毎晩、帰りは朝帰りなのだとか仰ってましたわ・・」

一週間も連夜で朝帰り、おまけに香水の移り香が残っていては結論は一つである。
月詠もそこまで鈍感ではなく、いや、顔は童顔でも知識はそれなりにある。
無論、女としての感情とて立派に存在している。

「お前が怪訝するような事じゃない。――――ほら、学校に遅れるぞ」
「ワタクシはっ!」
相変わらず無関心な表情で先を促す彼は、踵を返すようにして背中を向けようとする。
だが、それを見るなり一気に『不安』という要素に襲われては、思わず叫んでしまう。 周囲に他の生徒の姿が見えないのが救いか、静かな通学路の一角は木々のざわめきが木霊している。
「――――・・ワタクシ、は、夜近様に嫌われるような、何かを・・しましたでしょうか・・?」
「――――?」
「好きになってくれとは、申しません・・・けど・・でも・・夜近様にとって、ワタクシという存在は――――・・」


遊びなのでしょうか。


ただ、この京の都の都市主としての務め――花嫁の選出――は果たしているから、それだけで充分だという認識なのだろうか。



「月詠。学校に遅れる」



それでも何も答えてくれない夜近は、いつの間にかすぐ側まで近づいていた。その掌を月詠の頭に乗せ、まるで子供をあやすかのように撫でてくれる。
――――それが、月詠にとって逆効果だとも知らずに。

「お慕いっ、しているのです・・っ・・!夜近様を、お慕いしているのです・・!」

ただ湧き上がってくる心は言葉に変換され、日々言いなれてきた言葉も涙が混じっては心の絶叫だった。
その手が自分を触れてくれるから、それでも優しくしてくれるから、定められている『都市主と花嫁』という立場を超えて心底愛しくさえ思う。

「やこ・・・様――――・・お慕い、しているの、です・・・」
「あぁ、知っている」

それでも月詠の気持ちに応える素振りはなく、いつもと同じようにただ一言相槌を打つだけだ。
ここで『俺もだ』と言ってくれれば、月詠も安心できただろうが――――夜近はこの手の事に関しては奥手らしく、ただ認識している、と唱えるだけだった。


――――いつもの事だった。





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